では、ソニー銀行はどのような考えからこのデータサイエンス ブートキャンプを企画し、どのようなソニー銀行の姿を思い描いているのだろうか。ソニー銀行のマーケティングサイエンス部、コンテンツ企画部担当の執行役員であるルゾンカ典子氏に話を聞いた。

  • (左から)データサイエンスラボの石川貴雄氏、ソニー銀行執行役員のルゾンカ典子氏、ソニーグローバルソリューションズDXC部門長の小山修一氏

ルゾンカ氏は、データサイエンス ブートキャンプが誕生した背景について、「ソニー銀行では社内のデータサイエンス人材を集めてマーケティングサイエンス部門を組織しているが、データを利活用して意思決定をするということは、部門に関わらずすべての社員のDNAにならなければならないと考えている。データに強い人材をひとつの部門に集めるだけでは、組織全体には広がらない。こうした課題をどう解決するべきかを考えたときに、データサイエンス ブートキャンプのアイデアにたどり着き、会社全体の方針として推進していくこととなった」と語る。

データをビジネスに活かそうと考えたとき、その担い手は社内のデータ分析部門や部署内にいるデータアナリストになることが多く、データドリブンの知見も必然的に社内の一部の部門、一部の人材に集約されがちだ。しかし同社では、社員全員がデータを使いこなし、データで会話ができる環境を目指そうと考えたのだ。

「データの利活用は、現場にあるビジネス課題を解きたいという気持ちから生まれるもの。その気持ちを持つ社員は多いが、実際にどうデータを活用したらいいのか分からないという社員も多い。そこにちょっとしたヒントを与えれば、社員はよりダイナミックに動けるのではないかと考えた」(ルゾンカ氏)

ルゾンカ氏によると、このデータサイエンス ブートキャンプが目指しているのは、いわゆるデータアナリストなど高度データ人材の育成ではない。目標としているのは、ソニー銀行におけるデータ利活用という文化の底上げ、つまりデータ分析部門とビジネス部門の距離を縮めることなのだという。

「データ分析の基礎は押さえながら、データサイエンティストなど高度なデータ分析をする担当者にビジネス現場のニーズを伝えることができる“リエゾン”になる人材が重要になる。データサイエンス部門で得られた結果をビジネスに反映できる人が各部門に必ず必要になる」(ルゾンカ氏)

  • データサイエンスブートキャンプの狙いを語るルゾンカ氏

ルゾンカ氏によると、同氏は米国でデータサイエンスを学んだのだという。その上で、日本と米国ではビジネスシーンにおけるデータドリブンに対する意識が全く違うと指摘する。「日本ではビジネスの現場と研究機関がまだ遠すぎる。研究から得られた知見がビジネスの現場で十分に活用できない」とルゾンカ氏は語る。その中で、ソニーにはデータサイエンスラボという研究・教育機関がグループ内にあり、いつでも相談できる関係にあった。ソニー銀行の中で高度データ人材の雇用・育成を推進するのではなく、社員全員がデータドリブンの基礎知識を持ち、社内のデータアナリストや研究所のメンバーと協業しながら課題解決に挑むという姿を思い描いたのだ。

「これまでは、マーケティング部門、商品企画部門、リスクマネジメント部門などデータ分析が必要な一部の部門で知識と経験が蓄積されてきたが、それらはサイロ化しておりインテグレートできていなかった。この課題を解決してソニー銀行のデータ活用を一歩進めるために、このデータサイエンス ブートキャンプを良いきっかけにしたい」(ルゾンカ氏)

すべての社員がデータで意思決定できる企業風土を作る

ルゾンカ氏によると、ソニー銀行はマーケティング部門、商品企画部門、リスクマネジメント部門など日常的にデータ分析を必要とする部門だけでなく、社内のすべての部門の業務でデータドリブンによる意思決定ができる企業風土を生み出していきたいという。人の知識や経験に依存する属人的なビジネス推進からの脱却も大きなテーマだ。

「課題に対して経験値などをもとに五感で動いていたところにデータによる確認を踏まえた意思決定を推進していきたい。実は、経験をもとに感覚的に立てた仮説も、データで検証してみると間違っていないことが多い。また新たな気付きや発見も生まれる。経験からわかっていることをデータで再確認すること、そしてデータ分析から生まれる気付きや発見を繋いで客観的に意思決定することが重要だ。今は、活用できるデータも増加し、スピード感をもってデータ分析ができるツールも進化している。可能性は広いのではないか」(ルゾンカ氏)

  • 「あらゆる業務でデータドリブンによる意思決定ができる企業風土を生み出したい」とルゾンカ氏

データを統合する技術、データを分析する技術、そしてそのデータを可視化する技術など、データを取り扱う技術は日々進化を続けており利便性も高まっているが、一方で求められるのはそれらの技術をどのように使いデータを活用するかを考える人材のリテラシー強化だ。利便性の高い技術が揃っても、それを使いこなせなければビジネスには活かせない。ソニー銀行は、こうした課題を社員への研修プログラムという形で解決しようとしているのだ。

ソニー銀行はネット専業銀行であり、一般的な金融機関と違いサービスを利用するユーザーの行動のほぼ全てがデータによって可視化することができる。そうした行動を分析してユーザーを理解することで、ユーザーにパーソナライズされた金融商品の開発やマーケティングの最適化も可能になる。可視化できる世界でビジネスをしているからこそ、そのポテンシャルを活かすためには全社員がデータで意思決定できる風土の醸成は、ビジネスの成長に直結する可能性を秘めていると言えるだろう。

「これから楽しみなのは、このデータサイエンス ブートキャンプに参加している社員が非常にポジティブに取り組んでいること。彼らはこれからビジネスの現場に戻るが、今後どのようにフォローアップして研修を深めていくかを考えていきたい。今回の取り組みは、今後データドリブンを全社的な風土にするための礎になる。今回参加した社員たちが、社内に新しい風を吹かせてくれるはずだ」(ルゾンカ氏)