月への前哨基地、火星行きの予行練習にも

こうして完成したゲートウェイは、まず宇宙飛行士が深宇宙で長期滞在する訓練場となる。

これまで人類は、地球の低軌道を回るミールやISSなどで、長くとも1年間の滞在しか経験したことがない。しかし、将来的に月面基地を建設したり、火星へ行こうとした場合、地球から遠く離れたところで何年間も生活する技術が必要となる。ゲートウェイは、その予行練習を行う場として使われる。

また将来的には、無人機や宇宙飛行士が月面に降りるための前哨基地としても活用される。まだ正式に決まったわけではないものの、ESAとJAXA、そしてCSAが「ヘラクレス(HERACLES)」と呼ばれる無人の月着陸機の開発を検討しており、ゲートウェイを拠点として、月面への着陸や探査車の展開、石や砂などのサンプルの回収など、将来の有人探査に必要なひととおりの機能や運用を実証することを計画している。そのほか、民間企業の宇宙船や探査機などによる利用も考えられている。

さらにゲートウェイは、有人火星探査に向けた基礎にもなる。ゲートウェイの完成後、2027年以降には、「深宇宙輸送機 (Deep Space Transport、DST)」と呼ばれる別のモジュールの打ち上げが検討されている。このDSTは約41トンもある大型の機体で、太陽電池や電気推進スラスター、居住区などがセットになっており、有人火星飛行が可能なつくりになっている。

DSTはSLSで打ち上げられたのち、ゲートウェイと結合。機能の確認を実施。また、補給モジュールも打ち上げ、物資や燃料を補給する。2029年ごろには、ゲートウェイから分離し、単独で月周辺の試験航行を行う。

そして2033年以降に、DSTは宇宙飛行士と物資を乗せ、ゲートウェイから分離し、火星へ向けて飛行する。約1000日後には地球圏に戻り、ふたたびゲートウェイと結合。宇宙飛行士はゲートウェイにドッキングしているオライオン宇宙船で地球に帰還する。DSTは累計で3回の火星ミッション、つまり約3000日のミッションに耐えられるようになっており、帰還後は次のミッションに備える。

つまり、ゲートウェイは、有人月探査を可能にするだけでなく、そこで得られた成果を有人火星探査に向けた礎にし、そしてゲートウェイそのものを、その実現を支える土台にもしようという狙いがある。

  • さらに追加が予定されているDSTの想像図

    ゲートウェイの完成後、さらに追加が予定されているDSTの想像図。ゲートウェイの (C) NASA

意義と批判

ゲートウェイは、ISSの枠組みをそのまま有人月・火星探査に活かすことができ、また有人探査における安全性に最大限配慮した計画でもある。そして、民間の宇宙船や探査機などが活躍できる土台にもなるなど拡張性もあり、よく考えられた計画であるといえよう。

ただ、現時点でゲートウェイは、あくまで建設の方向性が確認されただけで、まだ正式な計画として認められたわけではない。これから各国でそれぞれ開発に向けたさらなる検討や調整、予算獲得などが行われ、足並みが揃えばスタートすることになる。

しかし、ISS計画の発端となった「フリーダム」計画は、冷戦期に西側勢力の結束を高めるためという強い動機がきっかけとなって始まったが、ゲートウェイはその点が弱く、各国の足並みが揃うかどうかはわからない。とくに、ロシアは単独で宇宙ステーションをもつ構想があり、欧州も中国の宇宙ステーション計画に参画する構想も明らかにしているなど、"保険"を用意した上でゲートウェイ計画の策定に参加している。もし、それらの国々にとってゲートウェイに参加する意義や魅力が失われれば、あるいはそうした独自の有人計画のほうが得られるものが大きいと判断されれば、ゲートウェイは空中分解しかねない。

また、とくに米国は大統領が変われば宇宙政策も大きく変わるため、次の選挙でトランプ政権が終われば、修正や見直し、あるいは中止される可能性もある。実際、ブッシュ政権時代の「コンステレーション計画」も、オバマ政権時代の「小惑星移動ミッション」も、政権交代とともに中止され、現在に至っている。

また、NASAにとって有人月・火星探査は、その根幹をなす存在意義のひとつであり、かといって、ただ月に行って帰ってくるというのはアポロ計画で通った道でもあることから、ゲートウェイのような長期的視野に立った計画が必要でもある。くわえて、すでにSLSやオライオンの開発を進めていることもあって、どうにかしてこの新型ロケットと宇宙船を活かす計画を立てなければならないという事情もあろう。

結局のところ、ゲートウェイは政治的な要素を多分に含んだ計画である。各国で役割分担しやすいモジュール型のステーションを、複数年かけて建造して運用するというのは、こうした政治的な必要性に迫られたものともいえる。

しかし、政治的な計画ということは、技術面が犠牲になるということである。実際、ゲートウェイに対しては、技術的な観点から強い批判もある。

たとえば、スペースXが開発している宇宙船「スターシップ(Starship)」は、それ単独で月や火星に行く能力をもち、地表に着陸もでき、さらに居住区や実験場にもなる。いまはまだ海の物とも山の物ともつかぬ状態だが、もし順調に開発が進み、完成して運用が始まれば、ゲートウェイの存在意義は薄れてしまう。

たしかに、「月に降りて帰ってくる」ということのみを考えると、ゲートウェイを中継することは時間的にもエネルギー的にも、ロケットの打ち上げ回数などから見ても、無駄が多いことは否めない。この点は、NASAの元長官であり科学者のマイケル・グリフィン氏も、「月に降りる前にゲートウェイを建設することは、宇宙システム技術者の立場からすると、ばかげている」と語っている。

また、有人火星探査の支持者で、現在の技術で実現可能な火星探査計画「マーズ・ダイレクト」を考案した科学者ロバート・ズブリン氏も「NASA最悪の計画」とこき下ろす。「月に行くのに、火星に行くのに、小惑星に行くのに、ゲートウェイのような軌道上のステーションは必要ない」とし、「月面基地の建設が目標なら、月面に建設するべきだ。月面なら科学的に魅力もあり、放射線やデブリから守るための遮蔽物となるレゴリスもあり、水もあるため資源も採れる。ほかにも利点は多い」と語っている。

一方、近年力を増している民間企業にとっては、ゲートウェイの存在は痛し痒しといったところだろう。スペースXやブルー・オリジンなどの企業は、独自でも有人月探査ができるほどのロケットや宇宙船、着陸船を開発している。その点では、ゲートウェイのような存在はまどろっこしく映るに違いない。

ただ、いかにイーロン・マスク氏やジェフ・ベゾス氏が大富豪とはいえ、民間が単独で月の探査や基地の開発を進めるというのは現実的ではない。とくに、それこそ月に人が住むようになって、人や物資の往来などがビジネスになるまでは、月探査や有人月飛行から利益を生み出すのは難しく。そのため、NASAなど国が進める宇宙計画に参加し、そこからお金を得るというビジネス・モデルが現実的であり、多くの企業は、表向きはゲートウェイを歓迎することになろう。

しかし、前述のように技術的にはやや筋の悪い計画であることからして、利益や成功のために技術的な最適解を追い求める民間企業にとっては、どこかで相容れない点が生まれることは間違いなく、各社がどこまでかかわることになるのかはわからない。たとえば、スペースXが開発している宇宙船「スターシップ」は、それ単独で月や火星に行く能力をもち、地表に着陸もでき、さらに居住区や実験場にもなるため、もし完成して運用が始まれば、ゲートウェイはまったく不要となる。

はたして、ゲートウェイ計画は本当に実現するのか、そして民間企業はどう動くのか――その未来はまだ杳として知れない。

  • スペースXが開発中のスターシップ宇宙船の想像図

    スペースXが開発中のスターシップ宇宙船の想像図。月や火星に行く能力をもち、着陸もでき、さらに居住区や実験場にもなる (C) NASA

出典

Multilateral Coordination Board Joint Statement | NASA
Cislunar and Gateway Overview
Deep Space Gateway gets closer to approval?
JAXA | 月近傍有人拠点(Gateway)の開発に向けた多数者間調整会合(MCB)共同声明
Gateway to the Moon / Human and Robotic Exploration / Our Activities / ESA

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info