宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月27日、「こうのとり 7号機」(HTV7)に搭載し、国際宇宙ステーション(ISS)から物資を持ち帰ることに成功した小型回収カプセル「HSRC」(HTV Small Re-entry Capsule)をプレスに公開した。HSRCは今月、軌道上でHTV7から分離し、再突入。揚力誘導飛行を行い、小笠原諸島の南鳥島沖で回収されていた。

  • 筑波宇宙センターで公開された小型回収カプセル「HSRC」

    筑波宇宙センターで公開された小型回収カプセル「HSRC」

日本に直接輸送することに成功

日本がISSから物資を直接回収したのはこれが初めて。HTVはISSに物資を輸送することはできたが、帰還能力は無いため、帰路は再突入で焼却処分していた。ISSで作製した実験試料などは、ソユーズなど他国の輸送手段に依存するしかなく、日本に到着するまで時間がかかっていたが、今回はISSから6日で筑波宇宙センターまで運ぶことができた。

  • 11月7日、HTV7がISSから分離

    11月7日、HTV7がISSから分離。ハッチのところに、設置されたHSRCが見える (C)JAXA/NASA

  • 大気圏への再突入を実施

    同11日、大気圏への再突入を実施。HTV7本体は燃え尽き、これで任務完了となる (C)JAXA

  • 海上で発見されたHSRC

    海上で発見されたHSRC。海上には浮き袋だけ出ており、本体は海中にある (C)JAXA

  • 無事に回収に成功

    無事に回収に成功。側面パネルは降下中に分離するため、内部の構造体が見える状態だ (C)JAXA

  • 回収船が南鳥島に到着

    同13日早朝、回収船が南鳥島に到着。ここからはサンプルが入った試料コンテナのみ、飛行機に積み替える (C)JAXA

  • 飛行機は離陸後3時間ほどで茨城空港に到着

    飛行機は離陸後3時間ほどで茨城空港に到着。ちなみにHSRC本体は大きいため、そのまま回収船で運ばれる (C)JAXA

  • 輸送車両がJAXA筑波宇宙センターに到着

    9:42頃、輸送車両がJAXA筑波宇宙センターに到着。関係者が出迎え、試料コンテナが引き渡される (C)JAXA

  • 到着したサンプルを確認する担当者

    到着したサンプルを確認する担当者。サンプルの状態は良好で、試料容器には破損なども無かったという (C)JAXA

開発リーダーの田邊宏太氏(HTV技術センター HTV搭載小型回収カプセル開発チーム長)は、「当初の計画通りできた。100点以上を付けたい」と評価。今回実証した1つひとつの技術については、これから詳細に解析することになるが、おおむね問題は無かったとの見方を示した。

  • JAXAの田邊宏太氏

    JAXAの田邊宏太氏(HTV技術センター HTV搭載小型回収カプセル開発チーム長)

地上試験ではどうしても完全に再突入の再現はできないため、実際に飛行して帰還したHSRCは「膨大なデータがある宝の山」(田邊氏)だ。「今後細部を評価したときに、想定と違っていた部分は当然出てくる。そういう部分については、原因や対策をしっかりやっていきたい」と述べた。

HSRCで実証した新規技術とは?

HSRCは、直径84cm、高さ66cm、重さ180kg(搭載物は除く)の円錐状カプセル。本体の中心部にペイロード収納容器があり、最大20kg、30リットルの物資を搭載することが可能だ。今回は保冷が必要なサンプルだったため、真空二重断熱容器(=大きな魔法瓶)も新規開発。品質を維持したまま、タンパク質結晶の回収に成功した。

  • 真空二重断熱容器

    真空二重断熱容器。タイガー魔法瓶と共同開発したことでも話題になった

  • 4℃付近でわずか0.4℃の上昇

    4℃±2℃の要求に対し、4℃付近でわずか0.4℃の上昇に抑えることができた

そのほか今回実証した新技術は、「揚力誘導飛行」と「軽量アブレータ」の2つ。日本にはすでに、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還カプセルなどで再突入の実績はあるが、これまでは弾道飛行と高密度アブレータが採用されており、揚力誘導飛行と軽量アブレータが使われるのはこれが初めてだった。

揚力誘導飛行は、カプセルの姿勢を制御することで、任意の降下地点まで誘導する技術だ。姿勢の制御用に、スラスタを8基(ロール×4、ピッチ×2、ヨー×2の3軸制御)搭載。ISSクルーの安全性確保のため、推進剤には毒性が無い窒素ガスが採用されている。ノズルは中空構造にするために3Dプリンタで製造、これにより65%の軽量化を実現した。

  • 穴の部分にスラスタがある

    穴の部分にスラスタがある。スラスタは等間隔に8カ所搭載されている

  • ノズル部分はチタン製

    ノズル部分はチタン製。噴射口は4つ見えるが、このうち1つを使用する

揚力誘導飛行では、緩やかに降下することで、制御無しの弾道飛行に比べ、飛行中に受ける加速度を低減できるメリットがある。今回は4G以下にすることが目標だったが、結果は3.5G以下だったという。衝撃が小さいため、タンパク質結晶のように要求が厳しいペイロードにも対応できるようになる。

軽量アブレータは、再突入時に受ける空力加熱から機体を守る耐熱技術。カーボン織維にフェノール樹脂を含浸して成型しており、高熱時には自身が気化することで熱を逃がし、内部に熱が伝わるのを防ぐ。新開発したアブレータは比重が0.3しかなく、非常に軽い。従来に比べ、重さは1/5しかないという。

  • 軽量アブレータ

    左が軽量アブレータで、持ってみると驚くほど軽い。右は従来のもの

  • HSRCの飛行姿勢

    HSRCはこのような姿勢で飛行。下側よりも上側の方が高温になるそうだ

HSRCには、側面と底面に厚さ4.5cmの軽量アブレータを貼り付けた。破損や亀裂などは確認できず、状態は良好。損耗の想定は最悪ケースで2cmだったが、実際にはもっとも大きかったところでも1cm程度しか減っていなかったという。外部は最大で1700℃~2000℃の高温になったと考えられるが、内側の温度上昇は要求の半分以下に抑えられたそうだ。

  • 多層断熱材の焼け跡が生々しい

    多層断熱材(MLI)の焼け跡が生々しいが、これだけ残っているということは、それほど温度が上がらなかったということでもある

  • MLIがまったく残っていない

    右側にはMLIがまったく残っておらず、アブレータが剥き出しになっている。こちらはそれだけ高温になったという証拠

今回公開されたHSRCは、まだこの軽量アブレータが溶けた匂いが残っていた状態。表現が難しいのだが、筆者は「焦げた」というよりも、何か化学臭のように感じた。決して快適な匂いではないが、渡邉泰秀氏(同チーム長代理)は「いつも実験で嗅いでいた匂い。これでご飯を何杯もいける」と話し、報道陣を笑わせた。

  • 渡邉泰秀氏

    渡邉泰秀氏(HTV技術センター HTV搭載小型回収カプセル開発チーム長代理)