「8000歩のウォーキングで何km移動できるか」と問われて、すぐに答えがわかる人はどの程度いるだろう。歩幅を70cmと仮定すると、距離にしておよそ5.6km。歩くには少なからず覚悟が必要な数字である。

平日は取材を除いて基本デスクワークで座りっぱなし。休日はエアコンの効いた室内で、朝から晩までテレビゲームをしたり、マンガを読んだりして過ごす。そんな筆者からすると、5km歩くというハードルは思いのほか高く、長距離の徒歩移動なんて考えただけでも疲れてしまう。

だが、世の中は広い。筆者にはできないことを平然とやってのける企業があった。ヘルスケア事業を展開するロート製薬だ。なんと同社では、全社員に活動量計を配布し、「毎日8000歩&早歩き20分」運動を実践しているのだという。さらに、毎朝9時から社員全員で「オリジナル体操」を実施したり、社内の喫煙率ゼロを目指す「卒煙推進」に取り組んだりと、健康経営に余念がない。

では、どのような考えのもとで、社員の健康づくりをサポートしているのだろうか。同社の広報室に話を聞いてみた。

兼務制度の社内交流が「自分たちは関係ない」を取り除く

「ねばーーー! こんにちは。よろしくお願いします!」

ね、えっ? ねば? え? 何?

「ロート製薬 スキンケア製品開発部 兼 広報・CSV推進部の根羽清(ねばせい)ココロです。広報部の活動もしていますが、ロートには社内兼務の制度があって、普段はスキンケアの研究をしています」

今回はロート製薬 広報の根羽清ココロさんが取材に対応してくれるという。スキンケアの研究も行っているというココロさん。なるほど、どうりで。まるでCGのように美しい肌をしているわけだ。

  • ロート製薬 スキンケア製品開発部 兼 広報・CSV推進部の根羽清ココロさん

よし。早速だが一度、情報を整理しよう。ロート製薬には根羽清ココロさんという社員がいて、スキンケアの研究を行いながら、広報としての業務も行っていると。……大丈夫だ。おかしな点はどこにもない。このまま取材を続行しよう。

しかし、1つだけ、どうしても気になることがあった。

それは「社内兼務」というワードだ。

「ロートでは、希望があれば2つの部門に所属し、異なる業務を担当することができるんです。『営業と人事』とか、『健康経営の推進と商品企画』とか、知識やスキルを横展開させて、相乗効果に期待できそうな組み合わせで兼務する人が多い印象ですね」

なんと、同社では2つの部署の仕事をする「兼務制度」によって、キャリアの幅を主体的に広げることができるのだという。興味のある新しい仕事にチャレンジしたり、関連する仕事を掛け持ちしたりと、理由はさまざまだが、自分のやりたい仕事に携われるチャンスが増えるという意味では、社員にとってうれしい制度なのではないだろうか。

さらに、兼務制度の狙いはキャリアの拡大だけにとどまらないのだと、ココロさんは説明を続ける。

「カッチリした縦割りの組織だと、部門間で情報が遮断されたり、『これはあの部署の仕事だから自分たちは関係ない』という考えが生まれたりする恐れがありますよね。そのためロートでは、横のつながりを深めるために、フラットな組織にしていかねばー! と思っていました。1人で2つの部署をまたぐ兼務制度には、社内交流を一層促進させるという狙いもあるんです。兼務制度をはじめてから今年で3年目。現在は60人ほどの社員が利用していますよ」

たしかに、行き過ぎたセクショナリズムは多くの弊害を生み出しかねない。同じ会社に属していても、知らない部署や面識のない社員は、完全に他人。同じフロアのよく知らない社員たちが雑談に花を咲かせた際に、「うるさくて集中できない」というストレスを感じるのは筆者だけではないはずだ。

もし、自分が兼務制度で近くの部署の人たちと仕事をしていたら、ストレスは感じなくなるのだろうか? ……その点については正直あまり自信がないが、仕事の相談は行いやすくなり、社内の連携がスムーズになることは間違いないだろう。ココロさんを見習って、横のつながりを深めていかね、ね、ねばー。

意見しやすい雰囲気づくりは、呼び名改革から始まった

「社内コミュニケーション促進の取り組みとしては、“ロートネーム”って呼ばれるあだ名制度もあるんです! 全員の社員証にも記載されていますし、けっこう浸透しているんですよ。ちなみに私のロートネームはココロ。『ココロ、ランチ行こう~』とか『ココロ、休日何してたの~?』とか、ちょっとした雑談の際に使います。オフィスの雰囲気も和やかになりますね」

  • 取材中のココロさん

ココロさんは社内連携の話のなかで、もう1つ、ロートネームという取り組みについて紹介してくれた。

かつてロート製薬は、「いわゆる“OL風"の制服を身にまとった女性社員がお茶くみをする」ような会社だったという。しかし、そのような光景に違和感を覚えた代表取締役会長 兼 社長の山田邦雄氏は、仕事をするうえで関係のない上下関係を撤廃すべく、まずは社内でコミュニケーションをする際、名前に役職を付けることをやめて、あだ名(ロートネーム)で呼び合うようにしたのだ。

「すぐに普及したわけではありませんが、年齢関係なく自由に意見が言えるようにと、山田が社内の改革を実施していきました。今では山田も若手社員から『邦雄さん』って呼ばれていますよ」

アイデアを出すのに立場や年齢は関係ない。偉いからといって部下のアイデアを頭ごなしに否定したり、自分の感性を押し付けて意見が出にくい雰囲気をつくったりすることは、企業の成長にも悪影響を及ぼしかねないはずだ。ロート製薬では、まずはお互いを柔らかいロートネームで呼び合うことで、意見の出やすい雰囲気を醸成することに成功した。きっと、ココロさんも活発にアイデアを発信しているのだろう。

公式YouTuberとして健康を推進せねばーーー!

「社内兼業制度」や「ロートネームの定着」によって、社内コミュニケーションを活性化しているロート製薬。身体的な健康もさることながら、健全な働き方の追及にも力を注ぐ。ココロさんからも、イキイキと働くイメージが伝わってくる。

「たしかに、ロート製薬はめっちゃ働きやすい職場やと感じています。私を公式YouTuberに起用するなど、おもしろい取り組みもしていますしね」

おっと、またしても無視できないワードが登場した。「公式YouTuber」。その仕事内容が気になるので、ちょっと聞いてみよう。

「ロートのことを皆さんにもっと知ってもらえるよう、YouTubeに動画をアップしています。私はもともと副業でYouTuberの活動をしていたのですが、今回、会社公式のYouTuberとしても活動するようになりました。LIVE配信もしたんですよ! 想像以上にたくさんのコメントをもらって、盛り上がったので、ぜひまたやりたいですね!」

LIVE配信の様子

ココロさんは動画でも広報活動を行っているらしい。最近話題のYouTuberだが、企業の公式というのはまだ珍しいだろう。公式YouTuberになってからまだ日は浅いが、実際のところ反響はあるのだろうか。

「思っていた以上に反響は大きいです。公開してわずかな期間しか経っていないにもかかわらず、1万以上の方にチャンネル登録していただきました。私のイラストを投稿してくださる方や、動画をきっかけにロートの新商品を購入された方もいらっしゃって、うれしかったですね! ただ、目標は10万人なので、まだまだ頑張ります(笑)」

公式YouTuberの反響はなかなか大きく、社内でもいろいろな人に声をかけられるようになった。「ねばー」というあいさつもにわかに流行り始めているのだとか。どのようなシーンで使うのだろう。

「今後も、健康に挑戦するロートの公式YouTuberとして、みなさんに健康情報をお届けしていきたいと思っています。特に、これまでロート製薬にあまり興味なかった方にもぜひ見ていただいて、ファンになってもらいたいですね。あと、みなさんから『こんな健康情報を配信して欲しい』というリクエストがあれば、取り入れたいと思っています!」

リテラシーの向上が健康への第一歩

ココロさんのインパクトが大きくてすっかり忘れていたが、同社の健康経営に関する取り組みについて聞いてみたい。「毎日8000歩&早歩き20分」運動を実践しているとのことだが、どの程度浸透しているのだろうか。

「2017年は41.0%の社員が実践できました。私は内勤なので8000歩ってなかなか難しくて。通勤時に意識して歩かないといけないんですよ。ちなみに、今はチームに分かれて歩数ポイントを競い合うイベントを実施中です。健康は一日でできるものじゃありませんからね。継続できるきっかけづくりが大事なのです」

ココロさんはそう言って、全社員に配布されている活動量計を見せてくれた。

  • 社員に配られる活動量計

「また、社員の健康リテラシー向上のために、『日本健康マスター検定』の積極的な受験を推奨しています。健康の知識ってなんとなく覚えていることも多いですが、しっかり理解することで、取り組みの必要性もわかりますからね。人々に健康を提案するためには、まず自分たちが健康でいないといけません!」

たしかに、「脂肪を落とす漢方薬」を提案する営業が太っていたら説得力に欠ける。自分たちが健康になってはじめて、世の中に健康を提案できるというわけだ。なんと、ココロさんも入社以来風邪をひいていないという。

「ロートが考える健康とは、単に病気でないということだけではなく、心身の健康を基盤として、情熱をもって日々の仕事に取り組める状態のことです。社員自らが前向きに健康であり続けようとする“きっかけづくり”に注力することで、これからも“健康人財”を育成していきたいですね。私も、まずは自分が健康経営を実践していかねばー! と思っています。そして、周りのみなさんも健康にしていけるような情報をたくさん発信していきたいです!」

ココロさんは力強く答えた。

ココロさんの話を聞いて、改めて「のびのびと働ける環境がいいアイデアを生み出す」ことを実感した。

おそらく、公式YouTuberを起用するというアイデアは、若手社員が思いついたものだろう。年齢関係なく自由に発言できる環境があり、その意見を受け入れてチャレンジする文化が、ココロさんの起用につながったのではないだろうか。

「否定されてもいいからどんどん意見を発信していこう」というマインドは大事だが、「こんな企画は通らないのではないか」「またアイデアを否定されるかもしれない」と若手社員が委縮してしまうような職場では、決していいものは作れない。フラットに意見を言える職場で、心身ともに健康な状態で働くことが、画期的なアイデアを生み出すのだと、楽しそうに働くココロさんに教えてもらった気がした。