気になるILCの建設・運用コスト

とはいえ、どうしてもいざ建設する、となれば、相応の建設費が必要となるし、運用が始まれば、人件費や電力、保守費用などが発生することとなる。1980年代から1990年代にかけて米国が進めていた加速器を用いた「SSC計画」は当初5000億円の建設コストが1兆円(45億ドルから110億ドル)を超すに至り、結局、1993年に建設中止が議会により決定がなされている。また、LHCも、直接的な建設費は約5000億円となっている。気になるILCの費用だが、10年間の総額で7000~8000億円程度が計画の実現に必要な費用として見積もられており、この金額を参加各国で分担することが予定されている。

中でも日本はその費用の50%程度を負担する見通しだ。日本の負担割合が高い背景について、ILC推進プロジェクトのマネージャーを務める東京大学 素粒子物理国際研究センターの山下了 特任教授は、「実際にものを作るとなれば、日本の企業や従業員が基本的に建設に携わることとなる。そうした人たちの人件費や資材費などを含んでいるため」と説明する。

  • ILCの実現に向けた予算のイメージ

    ILCの実現に向けた予算のイメージとプロセス上の基本原則 (資料提供:ILC推進プロジェクト/山下了)

グラショー博士も、「CERNでは、新たな科学的な設備を生み出すのに投じた1ドルが3ドル程度の効果を生み出したと言われている。新たな技術開発につながり、それが産業界に還元されることになるほか、優秀なエンジニアの育成にもつながるからだ」と投じたコスト以上の見返りが生み出される可能性があることを指摘。負担しただけの見返りがあることを強調する。

また、山下 特任教授は「この計画は、科学技術予算がひっ迫している現状は分かっているし、他の学術分野にしわ寄せがいき、犠牲になってもいけない。そうした実情を踏まえ、学術・科学技術・大学予算の枠外、つまり文部科学省だけでなく、産業振興や地方創生など、さまざまな政策を担当している複数の省庁をまたぐ形で横断的に一緒になって進めていく方法を模索している。1つの予算に対し、2つ、3つと成果を活用していくことを正面からやっていこうとしている。そして費用については明示して、それをメディアや市民の皆さんに監視してもらって進めていく。これができなければ、この計画はやるべきではない」と実現に向けて必要となる資金調達に対する方策を提示。さらに、「参加各国がもし、負担分を拠出しなければ、さらに日本の負担が増すのでは、と危惧する人も居るが、それは逆で、主導的立場としてリードするのであれば、参加各国に条件を付けて話し合いを進めることができるようになる」とする、いわゆるクリティカル・ディシジョン方式を採用する形を提案。最終的に、なにがなんでも絶対やる、というわけではなく、各国にこういった条件で、一緒に議論をしませんか、という一言を伝えることが重要だとした。

  • ILCが日本に出来た場合の期待される波及効果

    ILCが日本に出来ることで、科学的成果はもとより、建設地が東北・北上山地であることによる震災復興・地方創生への効果や、世界的な人材が日本に数千人規模で集まることによる教育への波及効果、技術開発や運用による企業の技術力強化など、さまざまな分野にさまざまな効果を及ぼすことが期待される (資料提供:ILC推進プロジェクト/山下了)

ILCが拡げる人類の未来の可能性

「世界最高の頭脳が日本に集まって、新たな宇宙の法則を見つけ出し、人類に新たな可能性を切り開くのがILCのミッション。2000年に1度、五輪開催に匹敵するほどの国際プロジェクトを、日本が主導する好機が訪れようとしている」。山下 特任教授はILCの日本誘致をこのように表現する。また、グラショー博士も、「現在、参加予定各国のILCに対する想いは非常に高まっている。鉄は熱いうちに打て、という言葉もあるとおり、そうした状況の今だからこそ、ILCは、実現に向けた一歩を踏み出す必要があると思っている」と、世界中の科学者たちの気持ちを代弁。世界の科学者たちが、日本の一挙手一投足に注目をしているとした。

  • ILCの構成イメージ

    ILCの構成イメージ。これを実現するためには、さまざまな技術の開発が必要であり、そこから派生して生み出された技術の民間での活用も将来的には期待できるようになる

ILCが建設され、稼動を開始すれば、将来的には、いくつものノーベル賞級の発見が期待できることだろう。グラショー博士が、「研究そのもの以外の周辺の取り組みから予想だにしなかった技術を生み出す可能性だってある。WWWが良い例だろう。それ以外にもCERNの研究から付随して生み出されたさまざまな技術や研究成果が、人々の暮らしを豊かにするために活用されるようになっている」と述べるように、素粒子物理の成果以外の、さまざまな技術の発展・応用が加速することだって期待できる。それらの成果が積み重なれば、もしかしたら将来、人類がこれまでSFやアニメの中でしか見ることができなかったワープやタイムマシンといった技術の基礎となる成果も生み出されることだって、夢ではなくなるかもしれない。

  • ILCによって発見されるノーベル賞級の成果

    ILCによって発見が期待されるノーベル賞級の科学的成果の一例 (資料提供:ILC推進プロジェクト/山下了)

  • ILCがもたらすかもしれない未来の可能性

    ILCがもたらすかもしれない未来の可能性。素粒子の振る舞いを理解することで、新たな理論が生み出されれば、ワープやタイムマシンの実現の可能性もでてくるかもしれない (資料提供:ILCプロジェクト/山下了)

ILCの建設の是非は、文部科学省の依頼を受ける形で、8月10日より日本学術会議が審議を開始。その審議結果を踏まえる形で、政府が年内に決定を下すことが予定されている。世界中の科学者たちの注目を集める中、果たしてどのような決断を政府が示すのか。その動きに注目したい。

  • ILCで生み出される技術の社会への波及効果

    ILCで生み出された技術の社会への波及効果イメージ。このほかにも、加速器の小型化による、医療機関への粒子線がん治療装置の導入数の増加といったことも期待できるものと考えられる (資料提供:ILC推進プロジェクト/山下了)

参考

「LHC RunIIのこれまでの結果を踏まえた ILC の科学的意義とILC早期実現の提案」(高エネルギー物理学研究者会議)
「国際リニアコライダー(ILC)に関する有識者会議 これまでの議論のまとめ(案)」(文部科学省。2015年)
「研究開発の俯瞰報告書 主要国の研究開発戦略(2017年)」(科学技術振興機構)
「これまでの大型国際共同プロジェクトにおける体制及びマネジメント事例について(CERN/LHC/ATLASの組織とILC)」(文部科学省。2017年)
「超対称性を探せ 時空と素粒子の融合」(東京大学)
「ヒッグス粒子発見と今後の課題(日本物理学会69次年次大会 総合講演)」(東京大学
「ヒッグス粒子「発見」の意味と,本当の発見に向けて」(日本物理学会誌 Vol. 70, No. 6,)
「ヒッグス物理と背後の物理とILC」(Linear Collider Collaboration)
「軽いヒッグスの物理」(LHCアトラス実験)
「素粒子の質量の起源 ヒッグス粒子とその探索」(富山大学)
「ヒッグスと重力波」(新テラスケール研究会)
「ヒッグス粒子とは何か」(高エネルギー加速器研究機構)
「LHCプロジェクトの概要と現状」(高エネルギー加速器研究機構)
「LHCプロジェクトの軌跡と現状」(高エネルギー加速器研究機構)
「素粒子物理学における欧州の未来戦略 2013年のアップデート」(高エネルギー加速器研究機構)
「LHCの現状と将来のアップグレード計画」(第14回日本加速器学会年会)
「阪大オナープログラム 第12回目 ヒッグス機構」(大阪大学)
「国際リニアコライダーを用いたヒッグス三重項模型における荷電ヒッグス粒子の探索」(東北大学)
「東京工業大学 研究ストーリー ヒッグス粒子」
「奈良女子大学 素粒子論研究室 | 超対称性理論」
「村山機構長ら、ヒッグス粒子の質量と超対称性理論との間の困難を解決 -Physical Review Lettersの注目論文-」(東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構)
「natureダイジェスト ヒッグス粒子の発見と今後」
「標準理論裏付ける新証拠、「超対称性」に新たな痛手 LHC」(AFP)
「情報発信や要望を強化」仙台で総会 東北誘致へ意識共有」(先端加速器科学技術推進協議会)
「ILC誘致、政府に早期表明要望 推進協が決議採択」(先端加速器科学技術推進協議会)
「【夢のリニアコライダー(3)】研究者「日本に建設してもらうしか…」 負担は最低5000億円 商業・軍事転用の魅力も乏しく」(先端加速器科学技術推進協議会)
「ヒッグスを解剖する 標準理論」(先端加速器科学技術推進協議会)