ケンブリッジ大学の研究チームは、ニオブ(Nb)とタングステン(W)の酸化物をリチウムイオン電池の電極材料として用いることで、これまでにない急速な充電が可能になるとする研究成果を発表した。報告されている化合物の結晶構造はかなり複雑ではあるが、扱いの難しいナノ粒子などではなく、ミクロンオーダーの比較的大きな粒子で良いため実用的であると主張している。研究論文は「Nature」に掲載された。

  • ニオブ-タングステン酸化物の結晶内部をイオンが急速に拡散移動

    ニオブ-タングステン酸化物の結晶内部をイオンが急速に拡散移動していくことで電池の急速充電が可能になるという (出所:ケンブリッジ大学)

リチウムイオン電池の充放電速度は、リチウムイオンが電解質を通って正極と負極の間を移動する反応の速さによって決まる。充放電速度を速くするためによく使われるのが、電極構成材料の粒子サイズを小さくするという方法である。粒子サイズが小さいほうがリチウムイオンの移動距離が短くなるので充放電レートの性能は上がると考えられる。

ただし、電極の構成粒子をナノサイズまで小さくすることには、実用面でさまざまな課題がある。例えば、ナノ粒子を使うことで、電解質との間で本来必要のない化学反応が起きやすくなり、電池の寿命が縮まるという問題がある。また、ナノ粒子は生成に手間がかかり、コストも高くつく。

ナノ粒子の実用上の問題点として、研究チームは他にも「パッケージングの難しさ」を指摘している。ケンブリッジ大学の化学教授Clare Grey氏の説明によると、ナノ粒子は「ふわふわ」しているため電池内に緊密に詰めるのが難しく、体積あたりのエネルギー密度を稼ぐ上で問題があるという。

このため今回の研究では、ナノ粒子ではなく比較的サイズの大きなミクロンオーダーの粒子を使って、充放電速度を高めることをねらった新規電極材の開発を行った。論文では、電極材用のニオブ-タングステン酸化物として、Nb16W5O55およびNb18W16O93という2種類の化合物が報告されている。

どちらの化合物もかなり複雑な結晶構造をもつが、その特徴は酸素が柱状の構造を作っていることであるという。この柱状の酸素によって、リチウムイオンが結晶内を三次元方向に動き回れる空間が作られるため、リチウムイオンの移動がしやすくなると考えられている。

研究チームは、パルス磁場勾配磁気共鳴分光法(PFG-NMR)を用いて、ニオブ-タングステン酸化物中でのリチウムイオンの移動速度を測定した。その結果、通常の電極材と比較して数桁高い速さでリチウムイオンが移動することがわかったとする。ナノ粒子と比べると、材料の生成も容易で、追加の添加剤や溶剤などを準備する必要もないという。

現行のリチウムイオン電池で負極材として最もよく使われているグラファイトは、高いエネルギー密度を実現できるが、急速充電を行なおうとすると副反応によってデンドライトと呼ばれる針状の金属リチウム繊維が形成されるという問題がある。デンドライトが成長すると、電池内で正極と負極を隔てているセパレータを突き破って短絡が生じ、電池の発火や爆発事故などの原因にもなる。

今回のニオブ-タングステン酸化物電極は、電池の急速充電動作で最も重視される安全性という観点から、グラファイト負極を代替できる性能をもつと研究チームは主張している。

ニオブ-タングステン酸化物電極の問題は、他の電極材を使った電池に比べて、セル電圧が低くなるということであるという。しかし、動作電圧が低いことは電池の安全性という観点からはむしろ好ましいことであり、実際には急速充電によって充放電サイクルが速くなることで、実効的なエネルギー密度も高いまま保たれているとみることができるとしている。