火星の水と生命

もし、今回発見されたものが、本当に液体の水であり、それもそれなりの量と蓄えた湖だったとしたら、生命発見への期待も高まる。

液体の水は、有機物、そしてエネルギーとともに、生命の誕生や存在にとって必須要素であると考えられているからである。

研究チームは、この火星の地下の湖は、地球にある「ヴォストーク湖」を思い起こさせると語っている。

ヴォストーク湖は、地球の南極の地下約4kmのところにあり、長さ約240km、幅約50km。水深は平均800mで、最も深いところで1050m以上にもなるとされる。水温は平均でマイナス3度ほどだが、湖を覆う氷の大地の圧力によって液体の状態を保っている。

この湖は過去1500万年にわたって氷に閉じ込められ、地上とのつながりはまったくなかったと考えられている。

そして2012年に、ロシアの研究チームが氷を掘削し、湖の水を採取することに成功。それを分析したところ、新種の微生物が多数見つかったという。

また同じ2012年には、他の南極の地下湖でも微生物が見つかっている。こちらは塩分を含む塩湖で、3000年間にわたって地上から隔離されていたと考えられている。

ヴォストーク湖のような過酷な環境でも生命が生きられるということは、過去の火星は生命が存在した可能性があり、あるいはいまなお生きながらえている可能性もある。もちろん、結論を出すには今後のさらなる探査を待つべきだが、否が応でも期待は高まる。

  • 火星での生命発見への期待も高まる

    もし今回発見されたものが、本当に液体の水であり、それもそれなりの量と蓄えた湖だったとしたら、生命発見への期待も高まる (C) NASA/JPL/Malin Space Science Systems

火星の水を資源に

火星に液体の水にはまた、資源としての利用価値もある。

液体の水が生命にとって必要不可欠ということは、将来人類が火星に移住し、生きていく際にも必要だということになる。

しかし、その水を地球から持ち込もうとすると、大きなロケットを大量に打ち上げねばならず、とても現実的ではない。火星に限らず、どこか他の天体に移住しようとするなら、その天体で水が"現地調達"できるかどうかが重要になる。

もし今回見つかった湖をはじめ、他の場所にも液体の水が大量に眠っているとすれば、この水問題も解決が期待できる。

また、水は電気分解すれば水素と酸素になる。酸素は人間など生物が生きていくために使用でき、また水素と酸素はロケットの推進剤にもなる。さらに「サバティエ反応」という化学反応を利用すれば、火星の大気にある二酸化炭素と組み合わせることで、ロケットの燃料になるメタンも生成できる。

ちなみに、火星移住計画を打ち出している米国の宇宙企業スペースXは、まさにこの火星の水とサバティエ反応を利用して酸素やロケット推進剤を作り出すことを考えており、そのためにメタンを燃料とするロケット・エンジンの開発を行っている。また、米国の大手航空・宇宙メーカーであるロッキード・マーティンも、有人火星探査計画を打ち出しており、こちらは水素と酸素を使うロケットや宇宙船を構想している。

もちろん、火星の南極に定住できるのかという問題はあるが(もっとも、火星はどこでも人間にとって過酷ではある)、いずれにしても、今回の発見は、こうした動きを後押しするものになろう。

  • スペースXが構想している火星移住計画の想像図

    スペースXが構想している火星移住計画の想像図 (C) SpaceX

課題はいかに水を取り出すか、そして汚染

もっとも、火星の生命探査にしても、資源として利用するにも、さまざまな問題がある。

たとえば、1km以上の厚さの氷の下にある以上、水にたどり着くまでには、その氷を掘り進まなくてはならない。そこまで到達できる掘削装置を火星に持ち込むのは難しい。

たとえ水を取り出せても、その量は限られている。まさに「水の一滴は血の一滴」である以上、最大限に再生しなければならず、そのための装置も必要になる。さらに将来、さまざまな国々が火星に人間を送り込むようになれば、地球の石油のように政争の道具にならないよう、使用に際しての取り決めも必要だろう。

最大の問題は、資源として利用することは、そこにいる可能性がある貴重な生物の住み家を奪うことになりかねないこと、そればかりか、そもそも探査することで、地球から持ち込まれた生物によって"汚染"してしまう懸念である。

現に、現在行われている陸地の探査でさえ、一部の研究者からは、地球の生物を持ち込むことによる汚染が心配されている。火星に着陸する探査機や探査車は、打ち上げ前に高温にさらしたり、紫外線を当てたりして滅菌処理することが求められているが、それでも完全に防げるわけではない。いつか火星で生命が見つかっても、それが火星探査で持ち込まれた地球由来の生物だったら目も当てられない。

とりわけ、現在の火星の中で、生命がいる可能性が最も高いと考えられる湖に、地球から持ち込んだ掘削装置や探査装置を送り込むことは大きな議論になろう。ましてや、資源として利用するなど論外ということにもなるだろう。かといって、せっかくの湖を探査しない、資源として利用しないというのもまた、すんなりと受け入れられる話ではないだろう。

今後こうした湖がいくつか見つかれば、たとえばそのうちのひとつやふたつのみ探査したり利用したりし、他は"聖域"として残すといった解決策は考えられるが、すぐに答えの出る話でもないだろう。

いずれにしても、まずは今回の発見の裏付けに始まり、ほかにもこうした湖があるのか、そしてその水の埋蔵量などについて調べていくことになろう。そしていつか、氷を掘り進む技術の目処が立ったり、人類の火星移住が始まるようになれば、この湖をどう扱うべきかについて、あらゆる分野の研究者、専門家を交えて、広く議論されることが求められよう。

参考

Mars Express detects liquid water hidden under planet’s south pole / Mars Express / Space Science / Our Activities / ESA
Radar evidence of subglacial liquid water on Mars | Science
Liquid water spied deep below polar ice cap on Mars | Science | AAAS
ESA Science & Technology: Instrument Design
News | NASA Statement on Possible Subsurface Lake near Martian South Pole

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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