2018年5月、”食べる藻”の開発を手掛けるバイオベンチャー企業のタベルモが、産業革新機構と三菱商事から、17億円の第三者割当増資を引き受けたという発表があった。一見地味にも思える”藻”のビジネスになぜ今、17億もの出資がなされたのだろうか。

タベルモを生んだ、10年黒字の研究所

今回紹介するタベルモは、バイオ技術の研究機関である「ちとせ研究所」のひとつのプロジェクトが母体となって、2014年に誕生した企業だ。現在は同社のメンバー8人に加えて、三菱商事や産業革新機構のメンバーなど、合計30人のチームで活動している。

ちとせ研究所の代表である藤田朋宏氏は、「我々が目指しているのは、1000年続く事業を創り上げることです。そのために、”論文を出して終わり”の研究ではなく、事業として収益を生み出すことを目指しています。実際にちとせ研究所はこれまで10年間にわたって黒字経営を実現しており、ここで生まれた技術をもとに新たな企業を立ち上げています。現在はちとせ研究所を中心に、全10社で "ちとせグループ" として活動している状況で、タベルモもその内の1社です」と語る。

ちとせ研究所やタベルモなど複数のバイオベンチャーからなる "ちとせグループ" でCEOを務める藤田朋宏氏

ちなみにちとせ研究所ではタベルモのほかに、藻類を用いてジェット燃料を開発するプロジェクトや、東南アジアの藻類資源を生かすプロジェクトなどに取り組んでいるとのことだ。では同研究所でなぜ今、藻を使ったビジネスに注目をしているのだろうか?

なぜ今、”藻”なのか?

ちとせグループの中原剣 取締役は、「藻類のもつ高い産業ポテンシャルが理由」と説明する。

ちとせグループ 中原剣 取締役(兼 最高光合成責任者)

藻は、人類の生活になじみの深い生物だ。地球誕生後、早期に誕生した藻は、現代においても少しジメジメした岩の表面や、古くなったコンクリブロックの上など、いたるところに生息している。しかし、その歴史の長さとは裏腹に、藻が「研究対象」となったのは比較的最近のことだと中原氏は語る。

「約100年前、顕微鏡で藻を観察できるようになり、そこから藻類が人類の研究対象となりました。そして藻はこれまで、1950年代の『第二次世界大戦』時に”食糧難を解決するための食材”として、次いで1970~1980年代の『オイルショック』時に”石油資源の代替源”として、研究が盛んに行われてきました。つまり藻は、人類が危機を迎える度に注目されてきたのです」(中原氏)。

そして3度目、2000年代より懸念されている「将来的な食糧難」「燃料価格の高騰」「二酸化炭素増加による気候変動」などといった複合的な問題が生じ、再び藻の研究が盛んに行われたのだという。

エネルギー機器や食糧危機などといった大きな問題が生じたとき、藻類の研究・ビジネスは注目を浴びてきた

「人類が藻類の本格的な研究を始めて、まだ50年ほどしか経っていません。しかし、光合成によって効率的に生産できる藻の産業ポテンシャルは高く、これからの人口増加や新興国の台頭を考えると、藻類研究の意義は今後、より増していくと考えています」(中原氏)。

そうした状況を受け、ちとせグループではさまざまな産業での活用が見込める藻に注目をし、研究開発を進めているとのこと。そしてタベルモは、今後訪れる「食糧難」を解決するために設立されるに至ったというわけだ。

人類を襲う”タンパク質危機”と、藻

タベルモの事業やビジョンはどのようなものなのだろうか?タベルモの佐々木俊弥 代表取締役は、「当社が目指しているのは、オイルメジャーや穀物メジャーのように、藻類の生産から販売に至るまでの流れを一貫して行うことによって、『タンパク質メジャー』な企業になることです」と語る。

タベルモの佐々木俊弥 代表取締役

世界の人口は増加の一途をたどり、2050年には今の人口が倍になるとまで言われている。科学の進歩によって食糧の生産効率が徐々に上がっているとはいえ、早ければ2025年~2025年には、タンパク質の需要と供給のバランスが取れなくなってしまうのだという。「いつかくる」と言われていた食糧危機が目前に迫りつつあり、本格的に解決すべき問題となっているわけだ。

タンパク質の需要と供給の予測。2025年~2030年にも、食糧生活の共生的な変化が始まると予測されている。この需要と供給のバランスが崩れ、”タンパク質危機(クライシス)”が起こることが懸念されている (C)ちとせ研究所

意外にも”無味無臭”なタベルモ

タベルモとは企業名でもあり、同社が開発・提供する商品の名前でもある。品種はスピルリナという名前で、タンパク質含有量が高く(乾燥重量ベースで60% ほど)、さらにビタミン、ミネラル、食物繊維などを豊富に含むことから、海外を中心に「スーパーフードの王様」として広く知られている。

このスピルリナを、生きたまま冷凍して提供するものがタベルモである。加熱をせずに提供が可能であることから、スピルリナ本来の栄養素を失うことなく、さらに”生臭さ”がないことも特徴として挙げられる。このタベルモはすでに公式サイトからの購入が可能で、筆者も実際に試食・試飲をさせてもらった。

タベルモは冷凍保存されているため、スピルリナ本来の栄養素を損なわないほか、独特の臭みがないまま食すことができる
冷凍パックのスピルリナ。1袋の内容量は50g
タベルモの水割り(左)とりんごジュース割り(右)

 まず、タベルモを溶かして水で割ったものを飲んでみると、青汁のような臭さはまったくなく、味も無いので”トロっとした水”という印象だった。一方のリンゴジュース割りは、そのドロっとした舌ざわりと本来のりんごジュースの味により”濃厚なリンゴジュース”を飲んだように感じた。

タベルモのアイス(ヨーグルト仕立て)
「少し溶けたタイミングが食べ頃」だそう

次にアイスを食べてみると、凍らせたヨーグルトに近い食感で”チーズケーキ”のような味がして美味しかった。タベルモの 水割り・リンゴジュース割り、アイスともに、想像していた”青汁のような臭さや味”などはまったくなかった。

出資金17億円の使い先は?

なお、今回出資を受けた17億円の使い先については、東南アジア・ブルネイの新工場設立に活用する予定。ブルネイでの大量生産を始めたのちには、現状の日本・シンガポール以外にも、アメリカやヨーロッパ市場への拡大も視野に入れているという。

「これから私たちの提供するタベルモを、より生活に身近な存在にしていきたいと思っています。昔、日本に海外からパンの文化が入り込み、主食として受け入れられたように、タベルモも日常に当たり前にある食材にしていきたいですね」(佐々木氏)。

タンパク質クライシスによって、私達の食生活が大きく変化する未来が訪れたとしたら。藻はパンや牛乳のように、私達の日々の食事に当たり前の存在となっているのだろうか? もしそうなっていたら、田舎の一面の田園風景のように、農地ではなかった場所に、一面の緑色の藻の農場が拡がっているのかもしれない。

(田中省伍)