近年、ビジネスの場で注目されるようになってきたキーワードに「UI/UX」があります。昨今はさまざまな商品・サービスの開発において語られるこのキーワードですが、実際どのようなことを目指すための言葉か、知っていますか?

「UI/UX」の意味を知り、それを取り入れていくと、どのようなメリットがあるのでしょうか。ブログサービス「note」などさまざまな物事のUI/UXデザインを手がけているTHE GUILD代表の深津貴之氏に解説していただきました。

深津貴之氏
深津貴之


UI/UXデザイナー/THE GUILD 代表。英国にて2年間プロダクトデザインを学び、2005年に帰国した後thaに入社。2013年、THE GUILDを設立。直近では、ピースオブケイクが運営するメディアプラットフォーム「note」のCXOを務めるなど、WebサービスのUIデザインやUX検証を手がける。個人としてFlash/Interactive関連を扱うブログ「fladdict.net」を運営。

――UX/UIと並べて記載されることの多い2つの用語ですが、それぞれどのような捉え方をすればよいか、ご説明いただけますか?

UX(ユーザーエクスペリエンス)とUI(ユーザーインタフェース)は並べて語られることの多いキーワードですが、まったく異なるものです。UXの方が大きい概念で、UIはそのなかのひとつの要素です。

まず、UXは「ユーザーが製品やサービスと対面する前から、脳裏に浮かんで消えるすべての事柄」を指します。たとえばiPhoneであれば、接触前に「欲しい」と感じたことや、実際に触った時の使用感、Apple Storeでこんなことがあった、iPhoneを使ってあんなことをしたなど、いわば「iPhoneと俺」というような、記憶に残るようなエピソードも含まれます。

  • UXについての図示

    UXは製品そのものだけでなく、それにまつわる体験をすべて含む。

一方、UIはモノとヒト、サービスとヒトなど、2者が情報をやりとりするときの接触面、およびやりとりそのものです。人間は人間と会話するUIとして言葉を使いますし、人間が機械と会話する際には、プログラミング言語や画面、キーボード、マウスなどを用います。

――近年、UI/UXはWeb開発などの現場で語られる印象が強かったですが、特にUXに関して、それ以外の業界にも広がっているように感じます。

先ほど申し上げたように、ユーザーと製品の間に生まれた知覚すべてがUXに含まれます。つまり突き詰めていけば、マーケティングから開発、PR、カスタマーサポートなど、製品開発の始まりから終わりまで、すべてがUXに含まれます。実はそれくらい包括的な概念なんです。

――深津さんから見て、UXが良好と思われる製品にはどんなものがありますか?

先ほど例に挙げたiPhoneもそうですし、コカ・コーラも長年ブランドとして支持をキープしています。総じて言えば、製品のスペックの高さなどではなく、ユーザーに「いいよね」と思われるような製品・サービスは大きく、かつ長い期間支持を集めています。

――なぜ今、UXが重要視されるようになってきたのでしょうか?

「UXを高めている企業の製品はどうも強いらしい」、という認識が広がったのが、近年注目されている一因と考えています。以前ならまず言及しなかったような企業でもUXについて関心を向けていますが、これは物事の優劣がスペックや価格だけで決定できなくなったからです。

技術や需要が飽和してくると、大して変わらない製品が市場にたくさん存在することになります。その中から、(ユーザーにとって)一番いいものをどうやって決めるかと言えば、「好きだから」、「こだわりがあるから」、「ブランドに対して特別な思いを抱いているから」選ぶということになってきます。では、選択の決め手となるそうした理由を製品内に設けようとした時、機能の向上だけで実現することは困難になっています。モノとヒトの間に生まれる知覚をすべて良好にすることに、勝負が移ってきているんです。

――機能を高める、というのは製品開発において正攻法のアプローチですが、確かに、それだけだと厳しくなっていますね。

そういうことです。結局、「何のために商売しているのか? 」というところに落ちてくることなんです。今期の売り上げや数値だけを見て商売している人が、世の中やプロダクト自体を良くしようとしている人に、体験の品質で勝てるわけがないんです。

――多くの企業は売り上げを目標数値にしていますが、そもそものゴール設定がUXという概念から離れているということになりますか?

売り上げそれ自体というより、志の問題だと思います。お客さんをだますようなバナー広告の出し方をしてクリックさせてでも売り上げを立てようという会社 VS ちゃんとしたものをお客さんに届けようとしている会社、という状況になった時、同じだけの労力・回転数でビジネスを回していったら、長期のスパンで見れば後者のほうがリードします。そういうことだと思います。

―――UXという概念を自社ビジネスに持ち込もうとなった時、役立つアプローチなどはありそうでしょうか?

「UXが大事だ」という考え方から社内に導入するフェーズにある場合、いきなり包括的な取り組みを進めるのは難しいです。まずはユーザーをきちんと見ることから始めましょう。ユーザーに評判がいいものを作ったら、売り上げがアップすることを数字にして証明してみよう、と言うとよいかもしれません。

例えばWeb媒体の場合、「PV」(ページビュー、特定のページが開かれた回数)が強い数値目標になりますが、その数値を計るようになったのは、読者がちゃんと記事を読んでくれたか確かめるためだったはずです。けれど、その目的を切り離して数字だけを追求してしまうと、「ページを8分割してPVが8倍になりました!」みたいなえげつない数え方や、スマホを持つ手元にスライドしてくるバナーが生まれたりします。

そこから得た数字は「きちんと記事を読もうとしている読者」の方を向いているのか? といえばそうではなく、"お化けの数字"になっているはずです。Googleも最近UXを重視していて、こうした人に優しくない広告のスコアをさげているので、これからは維持できなくなるでしょう。僕自身は、PVよりもCVR(コンバージョンレート)と送客したユーザーのLTV(ライフタイムバリュー)が注目されるべきと思っています。LTVが低いユーザーを送客しても意味が無い、という判断が健全です。

――ただ、評価軸がいったん定まると、そこから下りるのは難しくもあります。深津さんがコンサルティングしている企業などでは、「下りようとしている人」は増えていますか?

増えていると良いんですけどね。

僕の役割で言えば、創業者の方との仕事が一番やりやすいですね。志を持っている人が多く、また今期の売り上げなど数値の未達成についても容認する権限があります。サラリーマン社長や上場企業は今期の売り上げの呪いがかかりやすく、「下りる」のは困難になる印象です。サラリーマンの立場から、体験の優先度を高めるのは、なかなかに難しい。

仮に現場の人たちがUXを大事にしたいと考えても、評価指標になければ当然評価に反映されないですし、多部署での対応が必要なことになりますから、上から下りてきたという状況でないと、抜本的な対応は難しいかもしれません。

――実際の仕事に落とし込むとなると、かなり難しそうですね…。

そんなに難しくないですよ(笑) 家族や友人、だれもが普段、人間関係の中でやっていることと変わらないです。

仮に、夫婦生活がうまく行っていない人に「改善するコツは? 」と尋ねられて、僕が「とにかく顔を合わせましょう! ドアを開け閉めするだけでいいので、顔を合わせる回数を増やしまくることです! 」と言ったら、僕、絶対変な人だと思われますよね。そんなわけないじゃん、って一蹴されて終わりです。その肌感覚と同じことを、開発するモノやサービスに対して行えばいいということです。

―――最後に、深津さんが今一番大切だと思われる、売り上げと代替可能な指標などあれば、教えてください。

リピーターが大切です。売り上げの額や件数を追い求めなくても、リピートして利用してくれるユーザーが集まってくれば、お金は入ってきます。そして、人が喜んでいるということと売り上げに相関関係があることを証明すれば、健全な指標として作用してくれます。また、健全性を担保するために、どんな数値を取るにしろウソがつけないようにして、目標指標を本質的に上げられるようにしておくことが大切です。

いま目標として掲げている数字の意義を確認して、それが健全であるかどうかをチェックする。小さなところからはじめていくと、数字ドリブンな会社でも進めやすいと思います。そうしていけば、数値を達成しながら、ユーザーに優しくなっていけるのではないでしょうか。

――ありがとうございました。