そんな吉田氏は、ソニーの経営の中でこれまで、どのような役割を果たしてきたのだろうか?

現在のソニーは、ROI(投資利益率)とROE(自己資本利益率)、特にROEを重視する戦略を採っている。これは、平井氏と吉田氏が二人三脚で進め、特に計画立案は吉田氏が音頭をとる、という形で進んできた。冒頭で述べたように、平井氏は吉田氏を「片腕」として信頼していた。吉田氏の計画を平井氏が精査し、決断した上で自分が責任をとる、という形でソニーの改革を進めてきた。

吉田氏のチェックは厳しく、比較的小さな規模の投資案件でも、ソニー経営陣の中で収益性や必要性について最後までこだわるのは吉田氏だ、という論評は社内から聞こえてくる。だが、単なる「締まり屋」ではない。ソニーのためにその投資がどれほど必要で、どういう計画で進んでいるのかを精査する精度が厳しいからだと筆者は見ている。

実際、半導体への投資やゲームへの投資、小規模なスタートアッププランである「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」にも、反対ではなかった。「バランスシート上の重要性をどう判断するか」が吉田氏の思考の軸になっている。

恐らく、吉田氏は今後のソニーを運営していく上でも、バランスシートの改善と最適化を最重要課題として位置づけるはずだ。無駄のない筋肉質な企業体質を作り、変化にすばやく対応できれば、今後の問題にも対応しやすくなる。当面、吉田新体制は、これまでに平井氏と進めてきた路線を継承し、ROEの改善とバランスシート上の体質強化を進めていくことになるだろう。

平井氏は、社長を辞する上での課題として、「20年ぶりの好業績で、社員の気持ちが緩んでしまう。危機感がなくなるのが課題だと認識している」と語った。1月、CESでインタビューした際には「社員・役員が、ビクトリーラップに入ったように感じていることに危機感をもっている」とも語った。

  • 筋肉質な企業体質。そのためにはこれまでもソニーを財務面から支えてきた吉田氏が適任というのが平井氏の理想だったのだろう

現在の好調は一時的な要因もあり「この状況に甘えてはいけない」という趣旨である。吉田氏も同じ危機感を抱いており、だからこそ「バランスシート改善は道半ば」としている。気になるのは、その上で「コンシューマエレクトロニクスの会社としてのソニー」をどう演出するのか、ということだ。

ゲームにイメージセンサー、金融と、ソニーの収益源は多様化しているが、消費者にとってのイメージは「家電のソニー」であり、ブランドイメージもそこに立脚している。だから平井氏は、ことあるごとに「コンシューマエレクトロニクスがソニーの本道」というメッセージを打ち出してきた。

派手な立ち振る舞いが似合う平井氏に対し、吉田氏は実直な人柄に見える。

そんな吉田氏が、平井氏と同じようなメッセージングの打ち出し方は難しいだろう。会見でも質問に対し、「平井ほどのカメラオタクではないので、同じように細かく指摘していくことはできない。しかし、私も製品は好きで、ゲームもかなり遊ぶ。『ラストワンインチ』という考えは共有しており、そこにコミットしていく姿勢は変わらない」と答えている。

平井氏とは違う「吉田ソニー」でのコンシューマへのメッセージがどうなるのか。筆者としてはそこに期待がかかる。吉田氏は(失礼ながら)華はないが、話は抜群に上手い。理路整然としており、非常に率直に語る人物、と認識している。そのことが、ソニーの製品に良いイメージを作り出すと、面白いと思うのだが。