樋口氏は大学卒業と同時に松下電器産業(当時)へ入社し、1992年に同社を離れた。25年ぶりのパナソニックとなるが、いわゆる"浦島太郎感"は「まったくなかった」という。初日から「馴染んでしまった」と樋口氏は話すが、その真意は「良いことばかりではない」という裏返しだ。

「持続可能な企業になっていくためには、体質の改善が必要です。社員一人ひとりが自ら動けるようにならないとダメです。パナソニックには27万人も社員がいるのに、新しい戦略を考える時には外部のコンサルタントに依頼する。そしてその戦略をなかなか実行できないケースが多い。まずは外の世界の景色を見て、何をアップデートしないといけないのか、自らが感度よく動かないといけません。純粋培養で、上司の言うことに従って仕事をする、という形だけでは、自律的な思考がなくなっていきます。もっと多様性を理解し、"やわらか頭"で考える必要がある。時間で働くのではなく、上司の考えで働くのでもない。そのためにまずは『働き方改革』をドライブしていかないといけないんです。それを前提として初めて『では、どんな立ち位置が望ましいのか』といった戦略を考えて、手を打てるようになるはずです」(樋口氏)

樋口氏の下では、ソリューションビジネスの経験がある「パナソニック システムソリューションズ ジャパン(PSSJ)」のメンバーを中心に、B2Bビジネス体制、そして意識の改革も進められている。「この8カ月で何年か分の変化は訪れたのではないか」(樋口氏)とはいうものの、業績的にソリューションビジネスが占めるパイはまだ大きくはない。

これをいかに育て、大きくしていくかが、これからの100年に繋がる大きなテーマだ。ソリューションビジネスの比率が高まってこそ、樋口氏が請われた最大の理由「真のB2B改革」の成果といえる。では、その実現にどれほどの時間がかかるのか?

樋口氏も、決して楽観はしていない。

「10年~15年はかかると思います。ヨーロッパ系・アメリカ系の企業を見ても、体制のトランスフォーメーションにはそのくらいかかっています。ここで大事なことは『私自身がこの先の10年間、そこに関わり続けることはできないだろう』ということです。やる人が変わっても、次の人が『この改革は正しい』と、信念をもって続けることが大切なんです。場合によってはトランスフォーメーションは財務的な数字だけを見ていても効果がわからない場合があります。しかし、ビジネスの勘が働く人であれば『実行して良かった』と理解してくれるはずです。短期的な利益だけを追求してしまうと、次の世代に会社を良い体質の状態で渡すことができなくなります。今は高度成長期とは違います。右肩上がりではないし、メガトン級プレイヤーもいない。そんな中でどう立ち位置を確保するのか、かなり戦略的に考えないといけません」

IT企業が世の中の主導権を握りつつある中、いくらパナソニックとて舵取りが難しい時代と言える。

「昔は比較的シンプルな戦略でよかったわけですが、今はそうではありません。私はパナソニックの外で25年の経験を積み、曲がりなりにも『戦略的に考えること』を学んできました。当社に『戦略的に考える』礎を作れたらな、と思います。これはパナソニックだけの話ではなく、日本全体で見てもそうです。政府主導でさまざまな業界の再編が行われ、いよいよダメになってから清算する、ということの連続でしたから。電機業界においても、他の家電メーカーでも、パナソニックでも同じことが起きました。パナソニックが生き残れたのは比較的に財務的に強かったというだけ。これに甘んじていてはいけませんし、さらに体質を改善していく必要があるということを、自分たちで考えていかなくてはなりません」(樋口氏)