京都大学は、レーザー光を組み合わせて作る光格子に極低温の原子気体を導入し、周囲の環境との相互作用によるエネルギーや粒子の出入り(以下、散逸)が、量子相転移(圧力や磁場などを変化させた際に量子力学的なゆらぎにより物質の状態が異なる状態へと変わること)に与える影響を観測することに成功したことを発表した。

この成果は理学研究科博士課程の高橋義朗教授、同・富田隆文氏、基礎物理学研究所の段下一平助教らの研究グループによるもので、12月23日、米国の科学誌「Science Advances」に掲載された。

  • 各格子点に一つずつ整列させた原子(左)は、隣の格子点へと移動すると分子を形成し(中央)、その後直ちに崩壊して環境へと飛び出す(右)。(出所:京大Webサイト)

    各格子点に一つずつ整列させた原子(左)は、隣の格子点へと移動すると分子を形成し(中央)、その後直ちに崩壊して環境へと飛び出す(右)。(出所:京大Webサイト)

金属の中では、規則的にイオンが配列した結晶構造の中を電子が動き回っている。電子に代表されるような量子力学に従う粒子が多数集まり、互いに相互作用している系を量子多体系といい、このような系で起こる物理現象を解明することは物質の性質を理解する上で重要である。また、量子力学に従う物質で構成された系は、散逸の影響で容易にその状態が変わってしまうため、量子多体系に対して散逸がどんな影響を及ぼすかを明らかにすることは、物質中で起こる物理現象の理解や量子技術を用いたデバイスの開発にとって重要である。

研究グループは、光格子中のボース粒子系で現れる「モット絶縁体-超流動相転移」と呼ばれる量子相転移に対し、制御性の高い散逸を人工的に導入して影響を調べた。その結果、モット絶縁体状態から超流動状態への相転移が散逸によって妨げられ、超流動状態へと変化するダイナミクスに遅れが見られることが判明した。これは、環境との相互作用によって原子が常に周囲から「見られている」ことが原因で起こる量子力学的な効果によるものである。

この研究により、冷却原子を用いた量子シミュレーターが扱える物理現象の範囲が、散逸のある開放量子多体系にまで拡張され、より広範囲の物理現象を実験的に研究できるようになった。散逸を適切に導入することで量子多体状態を制御する基本的な技術が確立され、量子シミュレーション実験の範囲を散逸のある量子多体系にまで拡張することができたという。同研究グループは、「今後もより高度な機能をもつ量子シミュレーターを開発し、新たな物理を探索していく」とコメントした。