ホンダではVRを活用

続いて、ホンダの西川活氏が、自社でのVR活用について語った。

ホンダでは、製品開発は本田技術研究所が行い、本田技研の製作所が生産し、本田技研の営業が販売するというフローをとっている。ただし、鈴鹿製作所だけは、開発、生産/販売の競争を目指すため、製造現場に開発部門が席を持つ体制を持っている。

そんな鈴鹿製作所において、CGソフトを用いた四輪車(N-BOX/)の開発にVRを活用した。その後、せっかくならVRを(研究所でなく)製作所で使えないか? と呼びかけた結果、車体組み立て部門におけるVR活用に挑戦することになった。

CGソフトを用いた四輪車(N-BOX/)の開発にVRを活用

その成果を受け、車体組み立て部門におけるVR活用へ

従来、研究用のテスト社を利用した組み立て訓練を行っていたが、それに使うための車両の削減施策を展開中であったことが、VR活用の検討に集中できることになった。

利用したところ、見え方が良好なため現場発案でインパクトレンチを持ち込み、作業姿勢や見え方の確認を実施したほどだったという。初めての体験に対して驚きや賞賛が出てくる中、継続的に利用してもらうために、ネガティブな意見を重点的に吸い上げ、改善施策として取り入れていった。改善した例としては、リアリティを高めるために、組み立てラインの3D背景データを製作し、現実の検証環境に近づけた。

インパネ組み付けでの実例

体験したスタッフからの「本音」を吸い上げ

フィードバックを受け、工場の背景データを作成してよりリアルに近い環境での検討を実現

組み立て部門では、全員で一度に見るメリットのため大画面VRを用いた。検証リーダーが位置センサつきメガネをかけ、大画面3Dで確認。多のメンバーも3Dメガネをかけ立体視でチェックするが、酔いやすい人は別途用意した2D画面で同時に検証する配慮を行った。

VRシステムの利用改善例

一方、車両検査部門では、車体の下側にある地下ピットに入って作業を行うため、そこでの作業性の再現性を考慮して没入型VRを利用することにした。身体まわりの作業スペースの再現に注意したほか、実ライン同様2分ほどで検査車両が通り過ぎるアニメーションを作成、また検査に使う懐中電灯とLED手持ちライトを用い、光源も再現した。

西川氏は、VR展開を試行錯誤する中で、たとえば背景の一部が非現実的な処理になってしまっていたことなど、不完全な部分があったことで、かえって新施策導入の重苦しさを和らげることになったと言及。関係者や運に恵まれ、開発・生産連携において、VRの活用展開を大きな問題もなく開始でき、次代機種以降も継続採用することになったと締めくくった。

VR/MRを現場に受け入れてもらうには

両社でのそれぞれ異なる性質の実例が披露された後は、トークセッションに移行。VR/MRの活用を現場に受け入れてもらうため、どのような工夫をしたかという質問が投げかけられた。

トヨタ・榊原氏は、「システムの押し売りをしない」ことだと回答。新しく素晴らしい技術を"上から"押しつけるのではなく、現場の状況や困りごとを聞いた上で提案すべきだと語った。

また、ホンダ・西川氏も同様に、ユーザーの気持ちが乗らないと使ってはもらえないとして、「こんないいものがあるから使え! 」というような共用ではなく「こんなものはあるけれど、どう使ったらいい? 」と現場側から意見が出てくるのを受け止めるフローが適切であるとした。

VR/MR、3D酔いのリスクを考えるべき

また、2016年をVR元年と呼ぶなど、メディアの報道で「良い面」しか取り上げられないことを問題だとした榊原氏は、自身のプレゼンテーションから引き続き、「酔い」へのアプローチがないことが問題だと指摘した。

ホンダ・西川氏は、展開の過程で、酔いにはかなりの個人差があるという感触を得た。まったく無理という人がいたために、2D用の画面を用意したのだと明かした。逆に、平気な人は何分でも時間を気にせず没頭していたという。

榊原氏は、個人差についてMREALでも同様だと語る。榊原氏自身は30分くらいの継続利用が限界とのこと。若年者のほうがなじみやすい傾向が見られたという。単純に危険と判断されるのは全体の1、2%程度かもしれないが、そこで事故が起こってしまえば、広く一般的に脅威ととられるかもしれないと警笛を鳴らした。

VR/MRエンドユーザーとして求めるもの

最後に、HMDなどVR/MR関連機器を使うエンドユーザーとしての所感を尋ねられると、トヨタ・榊原氏は「ハードのスペックをしっかり比較できるよう、公開してほしい。解像度が右目左目どちらか、両方なのかということが書かれていないと、スペックを正しく比較できない」と、メーカーへの要望を語った一方で、利用者が目利きできるようになることも必要だと言及した。

ホンダ・西川氏は「ハードの価格はもっと安くなってよいのではないか」とコメント。ハードもソフトも値段が高く、そこが社内普及の障害となりそうだと懸念を示した。

VR/MRが産業に根付くためには

この場では、製造業の一角を占める自動車業界において進められているVR/MRの活用が語られた。まだ発展途上の技術ではあるが、着々と利用は広がっている。

ただし、ゲームなどのエンタメ用途でも問題となっている「酔い」の問題は、安全第一である製造業にはより一層重要な問題として降りかかりそうだ。また、自動車会社においても「高価である」と言わしめる機器の価格もネックとなっているようだ。

今後の産業利用においては、メリットの伸展のみならず、デメリットをどのように軽減・解消するかが重要となる。機器・ソフトのベンダーが利用者のフィードバックを受け、技術的に成熟を進めることによって、問題が少しずつ解決することが望まれる。