近年、大きな問題になっている「気候変動」(地球温暖化)。すでに世界各地では、海面が上昇して沈みつつある島があったり、深刻な干ばつや洪水が起こったり、台風やハリケーンの規模が大きくなったりと、気候変動が原因と考えられる災害が世界各地で起こり始めている。

地球にいったいなにが起こっているのか。これから地球はどうなってしまうのか。そしてどうすればこの気候変動を解決できるのか。しかし、それを正確に調べるためにはデータが圧倒的に不足している。

この難題に挑むため、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、人工衛星を使って地球の環境を継続的に調べる計画を進めている。そして、その一翼を担う新たな衛星「しきさい」(GCOM-C)がこのほど完成し、2017年9月14日に報道関係者に公開された(当日の速報記事&写真集はこちら)。打ち上げは今年度中に予定されている。

「しきさい」は地球規模での気候変動のメカニズム解明のため、地球の気候システムと、気候変動の鍵をにぎっている雲やエアロゾル、植生などを全地球規模で継続的に観測することを目指したミッションである。そのデータは気候変動の研究をはじめ、もっと身近な日常生活や産業にも役立つと期待されている。

JAXAが公開した気候変動観測衛星「しきさい」

「しきさい」の模型

世界を襲う気候変動

今年7月、福岡県と大分県を「数十年に一度」ともいわれるほどの集中豪雨が襲い、多くの死者を出す甚大な被害をもたらした。8月末には大西洋で超巨大ハリケーン「イルマ」が発生し、カリブ海の国々や米国フロリダ州を襲い、こちらも大きな被害を与えた。さらにこの原稿を書いている現在は、次の超大型ハリケーン「マリア」が発生しており、予断を許さない状態が続いている。

さらに他国に目を向けると、インドやバングラデシュ、ネパールが洪水に襲われ、アフリカのニジェールやシエラレオネでも大雨と洪水、さらにそれに伴う地滑りによって、多数の人々が命を落としている。

いっぽう、欧州各国やブラジル、インドネシア、ケニアなどでは大規模な干ばつが襲い、水不足や農作物の打撃、山火事などが深刻な問題になっている。

こうした異常気象は、かつてに比べて規模も頻度も大きくなっているといわれている。そしてその原因ではないかとして真っ先に挙げられるのが「気候変動」(地球温暖化)である。

米国航空宇宙局(NASA)と米海洋大気庁(NOAA)の発表によると、1880年から2012年の間に、地球の平均気温は0.85℃上昇したという。さらに平均気温は年々上がっており、2016年の世界の平均気温は過去最高を記録している。

地球が温暖化すると、海水の温度が上昇するなどして水の循環に狂いが生じ、その結果、巨大な台風が発生したり、水や干ばつといった災害も起きやすくなったりすると考えられており、今まさに世界を襲っている現状がその裏付けだという声もある。

さらに、南極の氷が溶けることで海面が上昇し、世界各地の島々や海岸沿いが高潮などの被害を受けやすくなったり、最悪の場合は海に沈む可能性もある。また、本来は熱帯地域でしか生息できない生物などが北上し、伝染病などを各地にもたらすとも考えられている。

そして農業や漁業にも影響を与え、害虫や病気が流行したり、収穫、漁獲量が減ったりといったことが考えられる。そして食糧の国際相場が大きく変動し、とりわけ食料自給率の低い日本にとっては大きな問題になる可能性もある。

気候変動は謎だらけ

こうした気候変動、地球温暖化が起きている最も大きな原因として挙げられるのが、産業革命以降に人間が排出し続けてきた、二酸化炭素やメタンなどのいわゆる「温室効果ガス」である。中には「人間のせいではない」、あるいは「そもそも温暖化していない」などと主張する人もいるが、世界の多くの気象分野の科学者は、地球は今まさに温暖化しており、実際に大気中の温室効果ガスの量は増えており、そしてその原因は人間の活動にある可能性が非常に高いということでほぼ一致している。

しかし、なにがどうなって地球が温暖化しているのかという正確なメカニズムはわかっておらず、そしてこれから地球の環境がどうなっていくのか、正確に予測することもできないというのが現状である。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、これから21世紀の末までの約100年間で、地球の平均気温は2.6~4.8℃ほど上昇すると予測されている。これまでの100年間での上昇気温が0.85℃だったことを考えると、その上昇の度合いももちろんだが、予測に2.2℃もの幅があることも大きな問題である。たとえば気候変動抑制に関する国際的な協定である「パリ協定」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前の2℃未満に抑えることを目指しているが、そもそも予測の時点で2℃以上もの誤差がある状況では、具体的にどれぐらいの努力をすればよいのかわからない。

なぜ、これだけ予測に幅が出てしまうかというと、予測に必要な基礎的なデータが圧倒的に不足してからだという。そのため、分析する研究者や研究機関によって違いが生まれてしまっているのである。

地球の気候はとても複雑なメカニズムで成り立っており、たとえば地球には大気があり、海があり、雲があり、そして人間をはじめとする動物や植物がいる。さらに大気中には「エアロゾル」と呼ばれる微粒子があり、海や陸地には雪氷がある。そこに昼には太陽光が降り注ぐ。このうち、たとえば太陽光は地球を加熱させるが、一方で夜には放射冷却が起こる。また大気に含まれる二酸化炭素などは熱を吸収して温暖化させる一方、植物はその二酸化炭素を吸収して酸素に変えている。また雲やエアロゾルは太陽光を反射し、日笠のような働きをして、地球を冷却させる効果をもつ。

地球の気候は、こうしたさまざまな要素が、それぞれの働きをすることによって成り立っているものの、その要素の量や分布、また熱をどれくらい吸収、あるいは反射しているのかといったことは正確にわかっていない。中でも、地球を冷却させるエアロゾルは、これまで精密な観測が難しかったことからデータが不足しており、それが温暖化の予測を難しくしていた。

たとえるなら今の予測は、ピースの欠けたジグソーパズルを組み上げながら、描かれている絵がなにかを言い当てるようなものになっているのである。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、これから21世紀の末までの約100年間で、地球の平均気温は2.6~4.8℃ほど上昇すると予測されている。正確な予測に必要な十分なデータがないことから、予測に2.2℃もの大きな幅が出てしまっている (C)JAXA

気候変動のメカニズムを解明する「地球環境変動観測ミッション」(GCOM)

はたして気候変動はどのようなメカニズムで発生しているのか、そして将来の地球はどうなるのか。その正確な研究や予測のためのデータを集めることを目的に、JAXAは「地球環境変動観測ミッション」(GCOM:Global Change Observation Mission)という計画を進めている。

GCOMは、「水循環変動観測衛星」と「気候変動観測衛星」という2種類の人工衛星を打ち上げて地球を観測する計画で、このうち水循環変動観測衛星は、2012年に「しずく」(GCOM-W)として打ち上げられ、現在も運用されている。「しずく」は気候変動や温暖化に伴う積雪量や海氷域の減少や、水蒸気量の増加、海面水温の上昇など、「水」に焦点を絞った観測を行うことを目的としている。

そしてもうひとつの気候変動観測衛星となるのが、今回打ち上げられるGCOM-Cこと「しきさい」である。「しきさい」は雲やエアロゾル、雪氷や陸の植物や海の植物(植物プランクトン)などの変化を観測し、それらが気候変動にどのような影響を与えているのかを調べることを目的にしている。

水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)の想像図。2012年に打ち上げられ、現在も運用中 (C)JAXA

「しきさい」(GCOM-C)の想像図 (C)JAXA

「しきさい」の本体は縦、横が2.6m、長さ4.7mと、大きめのワンボックスカーや小型トラックを少し大きくしたくらいのサイズで、太陽電池を展開した際の翼長は16.5m。質量は約2トンある。設計寿命は5年。開発費は、ロケットの打ち上げ費込みで322億円だという。

打ち上げは今年度中に、種子島宇宙センターからH-IIAロケットで行われる予定で、JAXAと三菱電機が開発中の超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)といっしょに打ち上げられる。

「しきさい」は打ち上げ後、高度798km、軌道傾斜角98.6度の太陽同期準回帰軌道に乗る。この軌道は約2日ごと同じ地点の上空に戻ってくるので、地球の全体を観測し続けることができる。また通過する直下の場所の時刻(地方太陽時)はいつも10時30分(プラスマイナス15分)になるので、ほぼ同じ太陽光の条件下で世界中を観測できる。

太陽電池やバッテリー、スラスターなどのあるバス部分(機体の下半分の部分)は、NECが開発した「NX-1500L」という中型衛星用の標準バスが使われている。NX-1500Lは「しずく」にも使われており、両者を並べて見ると、先端の観測機器の部分のみが異なる、まさに姉妹機に見える。ただし「しずく」では、センサーに干渉する都合上、太陽電池パドルの取り付け位置を変えているという。

そして「しきさい」の前部には、「多波長光学放射計」(SGLI)と呼ばれる観測機器が装備されている。赤外走査放射計部(SGLI-IRS)と可視・近赤外放射計部(SGLI-VNR)という2つの部分からなるこの放射計こそ、気候変動のメカニズム解明という「しきさい」の目的の要となるものである。

「しきさい」と人との比較

「しきさい」のバス部分はNECが開発した中型衛星用の標準バス「NX-1500L」が使われている。基本的には姉妹機の「しずく」と共通している