慶應義塾大学は、気相中で生成させた化学種を液体中に直接打ち込むという新たな手法を開発し、金属原子1個を内包したシリコン原子16個からなるケージをもつ球形の「金属内包シリコンナノクラスターM@Si16」を大量合成し、構造決定することに成功したことを発表した。

この成果は、同大理工学部化学科の角山寛規専任講師、および中嶋敦教授らの研究グループが、京都大学化学研究所 水畑吉行准教授、および時任宣博教授らが共同で取り組んだもので、8月28日、米国化学会の学術誌「J. Phys. Chem. C」オンライン版に公開された。

開発されたナノクラスター合成装置の模式図(出所:ニュースリリース※PDF)

ナノクラスターは、その性質が原子数や組成、荷電状態によって制御できるため、触媒、電子デバイス、磁気デバイスなどへの応用が期待されている。特に、エレクトロニクス分野では、シリコンなど半導体材料のナノクラスター1つ1つを積み木のように組み上げて、新たな機能をもつ超微細集積構造を生み出す技術が注目されている。しかし、これまで気相合成されたナノクラスターの生成量が極めて微量であったため、その構造を材料応用の視点から評価することは困難であった。

同研究グループは、チタン(Ti)やタンタル(Ta)の金属原子を内包させた「Ti@Si16」、「Ta@Si16」を大量に気相合成し、ポリエチレングリコールの液体中に打ち込むことで化学的精製を行った。その構造を評価した結果、これらのナノクラスターがこれまでのシリコン化合物にはない新たな結合様式をもつ、かご型構造であることを明らかにした。この構造は、これまでに知られている軌道混成に基づく Si-Si 結合に比べて 配位数が高く、結合角も広がっており、遷移金属との複合化による超原子によって新しい結合様式の Si-Si 結合が形成されたものである。

この成果により、金属内包シリコンナノクラスターM@Si16を100ミリグラムのスケールで得ることが可能になり、これまでのC60フラーレンに続いて、金属内包シリコンナノクラスターの機能材料への応用の道が開かれた。今後は、このナノクラスターの電気的、磁気的な機能の評価を詳細に進めるとともに、中心金属原子の置換によるナノクラスター超原子の周期律へと展開していくとしている。これらの結果は、太陽電池や電子デバイスの基盤技術として利用価値が高いとのこと。

今回開発された手法は、M@Si16に限らず、さまざまなナノクラスターの合成に有効である。特に反応性が高く、溶液中の化学的な作製法では合成が困難であった、典型元素や前期遷移金属のナノ クラスターへの展開が図れるという。研究グループはこの成果を契機として、多様なナノクラスターの合成が可能となり、 ナノクラスター物質科学の幅がますます広がることが期待されると説明している。