科学技術振興機構(JST)は、豊橋技術科学大学の後藤太一 助教、金澤直輝氏、高木宏幸准教授、中村 雄一准教授、内田裕久教授、井上光輝教授、慶應義塾大学 理工学部の関口 康爾 専任講師、モスクワ大学のグラノフスキー教授、マサチューセッツ工科大学のロス教授らの共同研究グループが、磁石の波であるスピン波を位相干渉させることで、スピン波演算素子を実現したことを発表した。この研究成果は8月11日、英国科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
「スピン波回路」と呼ばれる磁石が作る波を利用した回路は、電子回路と違って電流を情報キャリアとして使わないことから、発熱が極めて小さな情報処理システムを作り出すと期待されている。これまでのスピン波に関する研究では、位相干渉は実現されていたが、その演算素子としての機能の実証は不十分であった。また、演算素子の全ての機能を実現するのに不可欠な、否定論理積(NAND)と否定論理和(NOR)が実現されていなかった。
そこで研究グループは、同じ磁性絶縁体膜をフォークのような形(Ψ型)に加工し、すべての演算パターンを1つの素子の組合せで実現できる「完全性」を持った論理演算素子を作製し、その動作を実証した。導波路を金膜で覆い、スピン波線の幅を狭くすることで、単一波長のスピン波だけが伝わるように形成して、信号処理に不要なスピン波の発生を抑制した。さらに、存在が確認されているスピン波の中でも、あらゆる方向に伝わる前進体積スピン波を用いたことにより、直線状の配線だけでなく、斜めの配線が可能になりフォーク型の配線を可能にした。
形成した論理演算素子は、3つの入力(A、B、C)とひとつの出力を持つ。波が持つ強度と位相の2つの独立した情報のうち、この素子は位相の状態を入力し、演算の結果を位相の状態として出力する。この構造は、これと同じ素子を何段にもそのまま接続できる性質を持ち、応用上極めて重要な要件を満たしている。さらに、入力Cの端子の位相を0かπに変化すると、否定論理積か否定論理和のどちらかの機能を選択できる点も、応用上の利点といえる。
電子回路では、トランジスタ素子を複数個つなげて、ひとつの否定論理積あるいは否定論理和を形成するが、このスピン波の演算素子では1つの素子の1つの交差点で同機能を実現させることで遅延が生じなくなり、多入力の演算をよりシンプルな構造で同時に情報が処理できる。
この研究で実証した論理演算は、スピン波を使った演算システムを開発する上で不可欠となる。今回の演算素子は3つの入力を持つが、さらに多くの入力情報を1点で一度に同時処理可能な演算素子を開発できる。また、多重処理が期待できるために集積度が上がっても発熱の心配がないうえ、スピン波は導波材料の薄膜化や電極の微細化によって、波長の短縮化が可能なため、素子のさらなる小型化が可能で、電子機器の性能を格段に向上することも期待できる。この成果により、今後はさらに複雑で身の回りの役立つ、電流を流さない新しい情報処理がスピン波で実現できると期待される。