「クアオルト」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。これはドイツ語で、“治療・療養・保養のための滞在”を表す「クア」と、“場所・地域”を意味する「オルト」が合わさった語句。つまり、健康保養地・療養地のことをクアオルトと呼ぶ。

クアオルトは、気候や環境、温泉、運動、食事、医療制度などを総合的にプログラム化し、健康維持・増進を促すというのがその役割だ。2015年には「日本クアオルト協議会」が設立され、大分県由布市、和歌山県田辺市、山形県上山市、石川県珠州市、新潟県妙高市、島根県太田市、秋田県三種町、群馬県みなかみ町、兵庫県多可町の計9自治体が参加している。

各自治体とも積極的にクアオルトに取り組んでいるが、上山市の「上山型温泉クアオルト事業」に着目したい。というのも、クアオルト発祥のドイツとは医療制度などが異なり、そのまま導入するのは困難。そこで日本の自然環境や温泉を活用した「日本型クアオルト」が模索され始め、上山市は日本型クアオルトの先進自治体として、リードしているといわれているからだ。

では、なぜ上山市はクアオルトを推進しているのだろうか。その理由は、同市が近年抱える切実な事情に関わってくる。

そもそも同地は、開湯から559年の歴史ある温泉があり、蔵王連峰に囲まれた地に上山城がそびえ、酒田港と米沢などを結ぶ街道の要衝だった。つまり、温泉町であり、城下町であり、宿場町でもあるという、複数の顔により栄えた土地柄なのだ。

ところが平成になると、多くの地方自治体が抱える問題に、例外なく上山市も直面する。そう、高齢化による一人あたりの医療費の高騰、観光宿泊客の減少による産業の不活性化といった問題である。特に観光客の減少は、東日本大震災以降、顕著になったという。

ウォーキングの実践で“楽しく”健康増進

クアオルトを解説する山形県上山市 市政戦略課 クアオルト推進室 室長 佐々木慶氏

そこで上山市が着目したのがクアオルトだ。市民の健康増進による寿命延命だけでなく、観光誘客に波及効果が期待できることから導入を決定した。ドイツのドナウエッシンゲン市と友好都市盟約を締結していたことも、上山市の背中を押したようだ。

では、上山型温泉クアオルト事業には、どのようなプログラムが用意されているのだろうか。まず“温泉”と名称につくからには、入湯プログラムがあることは容易に想像できる。何しろ歴史ある温泉町だ。市の財産ともいえる温泉を活用しないわけはない。クアオルトに協力する温泉宿も複数あるが、上山市では今後、水中運動が行える温泉健康施設の建設も計画しているそうだ。

注目したいのは「気候性地形療法を活用したウォーキング」。これは、心拍数を確認しながら“楽しく”“無理なく”ウォーキングすることで、運動効果を高めるのが目的だ。上山市には、ドイツ・ミュンヒェン大学により認定された5カ所・8コースが存在するが、同大認定コースは、国内はおろかアジア初なのだという。ほかにも街中を気軽に歩けるコースなど20コースがある。

また、約600kcalの「クアオルト膳」や「クアオルト弁当」、「上山産ワイン」など、旬の食材を採用している健康に配慮した食事が提供されている。

さらに、クアオルトを活用し、特定保健指導対象者や糖尿病予備群など、重症化しかねない人を対象にした「宿泊型新保険指導」(スマート・ライフ・ステイ)を2014年にプログラム開発、2015年から本格実施した。この宿泊型新保険指導の体験者は「非日常のという環境での保健指導なので、健康に対する意欲がより向上した」と感じたそうだ。