人工衛星「GSAT-19」も意欲作

実はロケットだけでなく、打ち上げられた衛星「GSAT-19」もインドの総力を結集した意欲作である。

GSAT-19はインド本土やインド洋諸島に通信サービスを提供する通信衛星で、質量は3.1トン、設計寿命は約10年が予定されている。

インドがこの規模の通信衛星を開発するのは初めてではなく、すでに何機も製造されて打ち上げられ、通信や放送サービスを展開している。ただ、これまではロケットの性能が足らず、欧州のアリアン5などによって打ち上げられており、GSLV Mk-IIIによって初めてインドの地から自力で打ち上げられるようになった。

またGSAT-19は、将来のより先進的な衛星の開発に向けた試験機という側面ももち、さまざまな新しい技術が盛り込まれている。

たとえば従来に比べて通信容量を大きく増やすことができる、ハイ・スループット・サテライト(HTS:high-throughput satellite)と呼ばれる技術を使った、KaバンドとKuバンドのトランスポンダを搭載している。これはまだ欧米などの一部の衛星でしか実用化されていない技術であり、インドもその波に乗ろうとしている。

またカーボン製の部品を多用したり、光ファイバー・ジャイロや小型ヒート・パイプ、MEMS加速度計といった先進的な部品を採用したり、さらに国産化したリチウム・イオン電池も搭載。さらに静止軌道周辺の放射線環境を調べる機器も搭載しているなど、次世代の衛星開発に向けたいくつもの要素が取り入れられている。

GSAT-19 (C) ISRO

インドの自立性の確保と商業打ち上げ

インドがこうした新型ロケット、そして次世代の衛星技術を手に入れつつあることで、インドは大きなステップアップを果たそうとしている。それにはいくつもの大きな意義がある。

ひとつは、インドの宇宙開発における自立化である。これまでもISROは、GSAT-19ほどの大きさをもつ、いわゆる中型以上に分類される衛星を数多く製造しているが、GSLV Mk-IIでは能力が足らず、打ち上げられなかったため、他国のロケットに頼んで打ち上げてもらっていた。しかし、GSLV Mk-IIIが完成すればその必要はなくなり、世界でも第一級の人工衛星を、自力で打ち上げて運用することが可能になる。

また、インドはすでに月と火星に探査機を送っているが、GSLV Mk-IIIの打ち上げ能力があれば、より大型の探査機を送ったり、さらに遠くの天体を探査することも可能になるだろう。

もうひとつは、GSLV Mk-IIIの商業打ち上げ市場への参入である。これまでGSLV Mk-IIは打ち上げ能力が小さく、商業受注を取ることはできなかった。しかし、GSLV Mk-IIIで3トン級の静止衛星が打ち上げられるようになったことで、他国の衛星事業者からの打ち上げ受注を取ることができるようになった。

また、物価の関係からインドのロケットは安価で、これまでにもすでに中型ロケットのPSLVは、世界各国から打ち上げ受注を取り、何度も打ち上げられている。GSLV Mk-IIIがいくらで提供されることになるかはわからないが、他国の同性能のロケットと比べて安価になることはほぼ間違いないだろう。

通信衛星や放送衛星の大きさにはいくつかの種類があり、6トンや7トンもあるようなものもあるが、3トン級の衛星もまだ需要が大きく、たとえば欧州のアリアン5も、6トン級の衛星と3トン級の衛星を同時に打ち上げることを前提に、運用や販売が行われている。もしGSLV Mk-IIIが商業打ち上げ市場に投入され、いくらかのシェアを奪うことになれば、アリアンをはじめとするいくつかの企業にとって、少なくない影響があるだろう。

また、GSLV Mk-IIIはフェアリングの直径が5mもあり、世界の標準的なサイズ、そして内部の広さをもっている。近年の静止衛星には、電気推進を採用するなどして、質量は据え置きで体積が大きくなるようなものもあるが、GSLV Mk-IIIのフェアリングであれば、そうした比較的軽いけれどかさばるような衛星の打ち上げも十分可能である。

もっとも、GLSV Mk-IIはまだ打ち上げ回数が少ない上に、失敗も多く、信頼性が確立されているとはいえない。新型のGSLV Mk-IIIが登場したからといってそれが払拭されるわけではなく、もし他国から打ち上げ受注を取ろうとするなら、やはり10機、20機は連続成功を重ねて信頼を得る必要があろう。ただ、PSLVという成功例がある以上、達成は十分可能な目標であり、それは欧州や米国、また日本のロケットにとっても市場におけるライバルになりうるということでもある。

さらにロケットだけでなく、人工衛星やその部品の販売や、あるいは衛星の製造とGSLV Mk-IIIによる打ち上げ込みでのパッケージ販売も可能になろう。

打ち上げを待つGSLV Mk-III (C) ISRO

GSLV Mk-IIIの打ち上げ (C) ISRO

有人飛行、そして次世代ロケット

さらにインドは、GSLV Mk-IIIを使った有人宇宙飛行の実施も計画している。

インドは現在、2021年ごろの打ち上げを目指し、国産の有人宇宙船の開発を進めている。2014年に打ち上げられたGSLV Mk-IIIの試験機にも、有人宇宙船の試験機が搭載され、耐熱システムの実証などが行われている。

もっとも、宇宙船の実機はまだなく、さらにロケットの改修や脱出システムの開発、無人での試験飛行などが必要なことを考えると、実際に有人飛行が行われるのは2021年よりもさらに先、おそらくあと10年近くはかかるだろう。

さらに、GSLV Mk-IIIの第2段を、より高性能なエンジンに切り替え、改良する構想もあると伝えられている。

インドは以前、ウクライナのユージュノエというロケット開発の名門企業と取り引きし、ウクライナのもつ高性能なロケット・エンジンの技術を手に入れたことが知られている。このエンジンは液体酸素とケロシンを使う二段燃焼サイクルのエンジンで、高い効率と推力を発揮できる。同じ仕組みのエンジンは今のところ、旧ソ連から受け継いだロシア、ウクライナと、中国にしかない。

インドがこのエンジンの国産化と実用化に成功し、GSLV Mk-IIIに搭載されれば、打ち上げ能力は大きく向上するだろう。また、現在のGSLV Mk-IIIの第2段は、推進剤に毒性のある非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素という組み合わせを使用しているが、このケロシン・エンジンが実用化できれば、環境や人体に比較的優しい、扱いやすいロケットを手に入れることにもなる。さらに、GSLV Mk-IIIを超える、まったく新しい、さらに大型のロケットの開発も視野に入ってくるだろう。

GSLV Mk-IIIはまだ2機、衛星打ち上げが可能な実機に限ればまだ1機しか打ち上げられておらず、その実力を推し量るのはまだ難しい。これからこのロケットがどのように運用されていくのかは注意深く見守る必要があるだろうし、おそらく失敗することもあろう(もちろん関係者は百も承知だろうが)。

しかし、インドの宇宙開発が未来へ向けた大きな一歩を踏み出したことは間違いない。

インドが開発中の有人宇宙船の試験機。2014年にGSLV Mk-IIIの試験機に搭載され、打ち上げられた (C) ISRO

ISROはスペースプレーンも開発している。写真は2016年に打ち上げられたその試験機 (C) ISRO

参考

First Developmental Flight of India's GSLV MkIII Successfully launches GSAT-19 Satellite - ISRO
GSLV Mark III-D1 / GSAT-19 Brochure - ISRO
GSLV Mk III - ISRO
GSAT-19 - ISRO
India’s Most-Powerful Rocket Successfully Reaches Orbit - GSLV Mk.III D1 | Spaceflight101