小さな展示スペースから生まれたもの

浅田氏との出会いは、次につながっていく。2010年11月、パイオニアは国内最大級の自転車の展示会、サイクルモードに出展した。展示したのは浅田氏のアドバイスを具現化したパワーメーター、フォースベクトルを表示するサイクルコンピュータだった。

大勢の自転車好きを前に、開発機の実演プレゼンテーションが行われた。プレゼンターを務めたのは浅田氏。そして、実演のために呼ばれたのが、Bbox ブイグテレコムに当時所属していた新城選手だった。

プロのペダリングを可視化する――。当時、そんなものを目にした人など誰もいない。たった2コマの小さな出展スペースに、100人を超える観客が集まった。碓井氏が当時を振り返る。「新城選手に自転車をこいでもらって、フォースベクトルが出たときは、ものすごい大歓声でした。それこそ、波が来たなという感触を得た出来事です」。

碓井氏はその場を写真に収め、反響の大きさ、会場の熱気を経営陣に報告した。いかに開発中の製品が画期的なものであり、サイクリストに待ち望まれた製品なのかを伝えた。この経験は、早期の製品化を要望していた経営陣に待ってもらうだけの説得材料にもなっただろう。

奇跡のEメール

奇跡は続く。サイクルモードへ出展してからほどなくして、一通のEメールがパイオニアに届いた。差出人は海外有力チームのラボバンクの所属選手だった。

パイオニアの製品を使ってみたい。テストさせてもらえないか――。

サイクルモードへの出展などを通じて、海外にニュースが配信され、それが目にとまったようだ。パイオニアにとっては、またとないチャンスだった。ワールドチームは、トッププロチームともいえる存在で、2017年世界に18チームしか存在しない。

通常、ワールドチームに機材を使ってもらうには、機材供給側が機材・サポート費用を提供する。そこまでして関わるのは、所属選手が選手が活躍したときに、大きな注目が得られプロモーション効果が大きいからだ。

ラボバンクの選手からの申し出を受けたとき、パイオニアのサイクル事業はまだ形にもなっていない状態。サポート費用など出せる状況ではない。にもかかわらず、トッププロチームの選手が自ら使いたいとオファーし、使用してもらえる機会を得たのだ。発売前から大きな注目を浴びることができたのはもはや奇跡的な出来事だった。