モバイルアプリケーションと業界の展望

コンパクトで高性能なNIR分光装置の登場によって、「その場」での測定が個人ユーザーと企業の双方にとってメリットになるような実地応用例が生み出されました。このような分光器を、Wi-Fiを介してクラウド・データベースにつないだり、モバイル・デバイスを介してBluetoothやWi-Fi接続につないだりすることで、サンプルを測定する際に研究室の予測能力を最大限に活用できます。この場合、システムに組み込まれた分光器は、ネットワークの外縁に置かれた高性能の光学センサとして機能します。このようなクラウドへの高忠実度データ集約が分光器のハードウェアによって容易になるとすれば、モノのインターネット(IoT)によって処理効率は劇的に向上する可能性があります。先駆的なIoTモバイル・センシングの応用例には、食品の安全性管理、農業の遠隔監視、医薬品製造工程の監視などがあります。

NIR分光器産業において最も期待されるトレンドは、オープンソース・モデルでしょう。 TI、Consumer Physics、Si-wareなどの最先端技術の開発企業では、さまざまなソフトウェア開発キット(SDK)をリリースして技術革新を後押ししています。産業用IoT用途向けの低コストNIR分光器のアーキテクチャを他に先駆けて開発している企業の一例としては、KS Technologiesが挙げられます。同社は、図1に示したDLP NIRscan Nano評価モジュール用に無料のiOSおよびAndroidアプリケーションとSDKを提供しているほか、モバイル・データ・システムとIoTインフラストラクチャに関して蓄積してきたノウハウを、新たに生まれつつあるNIRセンシングの市場に生かす取り組みも行っています。

同社が提供するアプリケーションやSDKは、使用するプラットフォームの低コストかつオープンソースの性質から大学の計量化学の専門家との共同研究にも最適であり、さらに知見を深めるために役立ちます。このように、手頃な価格のハードウェアとオープンソースのソフトウェアの組み合わせはアルゴリズムと計量化学手法の開発を容易にし、それがまたNIR分光器のエコシステムを強化することにつながります。今後の分光器産業における成長と技術革新は、専門家間の継続的な共同研究にかかっています。

NIR分光器による分析の持つ可能性の大きさから、業界では、この高性能分析の利用の場を研究室から現場へと移すことに目が向けられてきました。その結果として実現したNIR分光器のアーキテクチャの飛躍的進歩は、革新的なモバイル測定機能という新たな波を呼んでいます。この技術革新は、21世紀のモバイル・トレンドに合致するものであり、またIoT革命とも必然的に交差する部分があります。研究室でしか利用できなかった高価な分光器が、手のひらの上で正確なデータを出力するようになったとしたら、あなたは何を測定しますか?

参考文献

[1]:B.M. Nicolaı他 『Postharvest Biology and Technology』誌46巻(2007年)、99~118ページ
[2]Chang, Cheng-Wen 『Near-infrared reflectance spectroscopic measurement of soil properties』(2000年)、「Retrospective Theses and Dissertations」、論文12315

著者紹介

マイク・ウォーカー(Mike Walker)
TI DLP製品事業部開発マネージャとして分光器事業を牽引。赤外線センシングにおける画期的なアーキテクチャの導入に注力。
過去30年以上にわたりTIにおいて、数々のテクノロジおよびビジネス・チームを統括。DSP、ASIC、 FPGA, メモリ、高性能データ・コンバータなど、多様なテクノロジの経験を有し、宇宙航空からワイヤレス・インフラストラクチャやディスプレイ・テクノロジまで、広範におよぶ技術開発に関わる。