インド宇宙研究機関(ISRO)は5月23日、再使用できる有翼の宇宙往還機(スペース・シャトル)の試験機「RLV-TD」の飛行試験に成功した。今後も試験を重ね、2030年ごろに、実際に人や人工衛星を打ち上げられる実用機の完成を目指す。
ISROは、このスペース・シャトルの実用化で、ロケットの打ち上げコストを現在の10分の1にまで引き下げたいとしている。とき同じくして、米国の民間企業を中心にロケットの再使用による打ち上げの低コスト化に向けた挑戦が始まっており、インドもこの流れに乗る形となった。
インドの宇宙開発はこれまで、米国やロシアなどの宇宙大国の後塵を拝していたが、徐々に力をつけ、世界の第一線級のロケットの開発に着手した。また、かねてより長期的な宇宙戦略を掲げ、必要な資金を投じ、人材育成も手厚く行われた結果がいよいよ芽吹き始め、今回のスペース・シャトルのような先進的な技術開発も始まった。
はたしてインドの宇宙開発はどこへ行こうとしているのか。その実態と将来を探る。
失われた夢を求めて
2011年7月21日。人工衛星の打ち上げや宇宙実験、国際宇宙ステーションの建設などで活躍した有翼宇宙往還機「スペース・シャトル」が最後のミッションを終えて地球に帰還し、1981年の運用開始以来30年、計135回のミッションの幕を閉じた。その巨大な翼を使って滑走路へ優雅に舞い降りる様から、スペース・シャトルは大きな人気を集め、引退して米国各地の博物館などで展示されるようなった今なお、その雄姿を一目見ようと多くの人々が足を運ぶ。
スペース・シャトルが登場するまで、ロケットは打ち上げごとに使い捨てるしかなかった。しかし打ち上げのたびに新しいロケットを造らねばならず、そのためロケットは高価になり、宇宙開発の発展を阻害していた。そこでスペース・シャトルは、機体を旅客機のように再使用できるようにすることで、コストを下げ、誰でも宇宙に行き、あるいは利用できる時代が訪れることを目指していた。しかし、その目論見は外れ、スペース・シャトルは思ったほどコストは下がらず、引退するその瞬間まで、高コストであるとの誹りを受け続けることになった。
だが、ロケットを再使用すること自体が間違っていたわけではない。そもそもの大前提として、ロケットを使い捨てている限り、いくら大量生産をしても、ロケットのコスト、つまり宇宙への輸送にかかるコストは、今より劇的に下がることはない。また年間何十機、何百機というロケットを海や陸に捨て続けるのは環境にも悪い。
またスペース・シャトルは人も衛星もいっしょに、それも大量に打ち上げる、大きくて複雑な機械であり、再使用が難しいのは当然だった。そこで、小型のロケットや、あるいは大型ロケットの一部など、小さなシステムのみを再使用すれば、シャトルの二の舞にならず済むのではないか、さらに材料技術や、機体の状態(蓄積された疲労など)を評価する技術も進歩したことも相まって、現代なら、スペース・シャトルが果たせなかった夢を実現できるのではないか、という機運が高まりつつある。
たとえば最近何かと話題になる米国スペースXの「ファルコン9」ロケットは、まずロケットの第1段機体のみを再使用しようとしている。ロケットの第1段は速度も高度もそれほど高くないため回収しやすく、一方で速度も高度も高く回収が難しい第2段機体は(現時点では)使い捨てにすることで、シャトルほど複雑な仕組みなしで再使用ができるようになっている。すでにこれまで4回の回収に成功し、今後数カ月以内に回収した機体の再使用も行われるのではといわれている。
また同じく米国の宇宙企業ブルー・オリジンでは、まず人工衛星を打ち上げない小型ロケットの再使用試験からはじめ、実際にこれまでに3回の再使用に成功している。ゆくゆくは人工衛星を打ち上げられる大型ロケットも開発するとしている。
この他、米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」でも再使用が考えられており、欧州でも2030年前後の実用化を目指して研究が始まっている。さらに米空軍は小型のスペース・シャトル「X-37B」の運用を続け、米国の民間企業シエラ・ネヴァダは「ドリーム・チェイサー」という小型のシャトルの開発を進めている。ロケットの再使用はいまや、次世代のロケットにとってトレンドになりつつある。
その流れは、これまで再使用に興味を向けなかった国さえも巻き込んだ。ゆっくりと、しかし着実にロケット開発の歩みを進め、いまや宇宙大国にまで登りつめた、インドである。
RLV-TD
インドが開発したスペース・シャトルの試験機「RLV-TD」は、長細い胴体に大きな翼、そして機体の底面に貼られた黒い耐熱タイルなど、いかにもスペース・シャトルらしい形をしている。RLV-TDはReusable Launch Vehicle-Technology Demonstrator(再使用できる打ち上げ機の技術実証機)の頭文字からとられている。名前にもあるとおり、あくまで試験機であるため、全長は6.5m、質量1.5トンと、本家本元のスペース・シャトル(全長約40m、質量約100トン)に比べるとはるかに小さく、もちろん人も乗れない。
RLV-TDは「HS9」という小型ロケットの先端に搭載され、日本時間5月23日10時30分(インド標準時5月23日7時00分)に、サティシュ・ダワン宇宙センターから離昇した。
ロケットは約90秒間上昇したのち、RLV-TDはロケットから分離され、高度65kmに到達。そこから約マッハ5で、大気圏再突入時の状態を模した滑空飛行を始めた。RLV-TDは機体に貼られた耐熱システムで再突入時の加熱に耐えつつ、その翼を使って飛行方向を制御しつつ降下。そして約700秒後に、発射台から約450km離れた、インド洋の北東のベンガル湾沖の中に設定された着陸地点に着水した。もとより回収は意図されておらず、機体は着水の衝撃で破壊されたものとみられているが、飛行中に受信したデータを基に、今後の開発に役立てるとしている。
インド国内の報道によると、スペース・シャトルの開発計画は今から15年ほど前にはじまったとしている。青写真を越え、初の実機であるRLV-TDの開発にまでこぎつけたのは5年前のことで、以来600人以上の人々が開発に従事したという。
ところで、便宜上「スペース・シャトル」と呼んでいるが、このインドのスペース・シャトルは、米国のスペース・シャトルと比べ、打ち上げや飛行の方法は大きく異なっている。
たとえば米国のスペース・シャトルはロケットと同じように垂直に打ち上げられ、両脇にもつ固体ロケット・ブースターはパラシュートで回収、オービターと呼ばれる翼のついた「本体」部分は水平に着陸したが、インドのスペース・シャトルは飛行機のように離陸し、大気圏内を極超音速で飛ぶための「スクラム・ジェット・エンジン」という特殊なジェット・エンジンを使って飛行し、大気圏内で高度と速度を稼ぐ。そして最終的にロケット・エンジンを使って軌道に到達し、衛星を放出するなどの作業を行ったのち、地球に飛行機のように帰還するという形式を採るという。
この場合、米国のスペース・シャトルが果たせなかった、機体のすべてを再使用することができるほか、第2段のみ使い捨てにすれば、機体の大部分を再使用しつつ、より大きな衛星を打ち上げることも可能になる(ただし現時点ではポンチ絵程度しか公開されていないため、今後どのようになるかは不明である)。
今後は、RLV-TDよりもさらに難しい滑走路に着陸する試験や、衛星軌道まで飛んだ後、軌道を離脱して大気圏に再突入し、そして滑走路に着陸する試験、また前述のスクラム・ジェット・エンジンを搭載しての飛行試験などが計画されている。
ISROでは、これらの試験を重ねた後、2030年ごろには全長40mほどの大きさをもつ機体を完成させ、運用を開始。ロケットの打ち上げコストを従来の10分の1にまで引き下げたいとしている
【参考】
・RLV-TD - ISRO
http://www.isro.gov.in/rlv-td
・India’s Reusable Launch Vehicle-Technology Demonstrator (RLV-TD), Successfully Flight Tested - ISRO
http://www.isro.gov.in/update/23-may-2016/india’s-reusable-launch-vehicle-technology-demonstrator-rlv-td-successfully
・Reusable Launch Vehicle - Technology Demonstration Program (RLV-TD) - ISRO
http://www.isro.gov.in/technology-development-programmes/reusable-launch-vehicle-technology-demonstration-program-rlv-td
・Making Of India's Space Shuttle - The Inside Story
http://www.spacesafetymagazine.com/aerospace-engineering/spacecraft-design/making-indias-space-shuttle-inside-story/
・ISRO Races Billionaires To Master Re-Usable Technology For Space Flights
http://www.ndtv.com/india-news/isro-races-billionaires-to-master-re-usable-technology-for-space-flights-1408095