納期短縮を実現する倉庫内作業
セミオーダージャケットは、サイズや色などの組み合わせが全部で2,112通りに及ぶ。細かな注文を受けてから、1週間でジャケットを届けるのは至難の業だ。全パターンの在庫を倉庫に抱えておくのもリスキーに思えたため、その疑問を立石氏にぶつけてみると、倉庫には192通りのジャケットしか用意していないとの答えが返ってきた。在庫を少なく抑える秘訣はジャケットの袖にあるという。
ユニクロが在庫として持っているジャケットの袖にはボタンホールが付いていない。注文が入ってから倉庫内で袖丈を調整し、ボタンを付けたうえで出荷するのだという。立石氏は「(2,112通り)全てを在庫として持つことも可能だが、袖を直すほうが効率的だと判断した」と何気なく話すが、このようなビジネスモデルで全国展開を果たせるのは、倉庫と物流網を駆使して大規模な商売を手掛けるユニクロの強みといえるだろう。
専門人材の育成にはグループ内のノウハウも活用
セミオーダージャケットを全国展開すると聞いて、気になったのは人材の部分だ。採寸から着こなしの提案まで、ジャケットを売る店舗スタッフには特殊なノウハウが必要と思える。ユニクロは必要な人材をどのように確保したのだろうか。
商品本部R&D部東京デザインチームMen'sパタンナーの佐々木功氏。同氏と立石氏が着ているのは、「スリムフィット」の「グレイ」で作成したジャケットだ。R&D部にはデザイナーとパタンナー(デザイン画を型紙に起こす役割)が所属する |
ユニクロ商品本部R&D部東京デザインチームの佐々木功氏に聞くと、セミオーダー事業の全国展開は既存スタッフのスキル向上により可能になったという。まずは全国の店舗から採寸担当を本社に呼び、パタンナーがジャケットの採寸に関する講習会を実施してノウハウを伝達。講習を受けたスタッフがノウハウを各地の店舗に持ち帰り、同一店舗のスタッフと共有したのだ。
ユニクロに行っても、店舗スタッフが商品の推薦などで積極的に声を掛けてくる印象はない。この距離感が心地よかったりするのだが、セミオーダージャケットを買う場合は、採寸も含めた客とスタッフのコミュニケーションが必須となる。例えば最適な袖丈など、スタッフが専門知識に基づくアドバイスを顧客に行う場面も増えるわけだ。佐々木氏によると、ジャケットのスタイリッシュな着方の提案を含む接客のノウハウは、多くの百貨店に出店しているファーストリテイリング子会社のセオリーから吸収した部分もあるという。
全国の店舗に専門人材を配置し、売り上げも上々のセミオーダージャケット。サービス拡充に向けた今後の展開が気になるところだが、ユニクロは現時点で同事業の大幅なバージョンアップを計画していない様子だ。紳士服業界に乗り込み、ジャケット市場を攻略するつもりであれば、カスタマイズ性を拡げるなど、ユニクロが導入可能な方策は色々と思い浮かぶ。しかし、セミオーダージャケット事業に参入した同社の思いは別のところにあったようだ。