「私の存在に気づいて」は本能に近い欲求

2014年あたりから、レストランで裸になった写真を投稿したり、スーパーでスナック菓子につまようじを混入する動画をネット上に投稿したりする行為がしばしば話題になる。だがそうした彼らの多くがふだんから悪いことをして目をつけられていたかと言えば、そうとは限らない。

周囲から見れば「おとなしく」、「目立たない」存在であり子供の頃は「手のかからない子」だったはずなのに、急に金髪にしたり、異常な行動を起こしたりする。匿名性の高いSNSの急速な普及も大きく関わっていると考えられる。

自然科学研究機構 生理学研究所の柿木隆介教授 (マイナビニュース編集部撮影)

自然科学研究機構 生理学研究所の柿木隆介教授は、このような行為に共通する感情は「『私を見て』『私の存在に気づいて』という、病的なほどの心の叫びによるもの」と解釈し「Look at me 症候群(Look-at-me syndrome:LAMS)」という新しい概念を提唱している。柿木教授は日本神経学会専門医であり、人間を対象とした脳研究の第一人者だ。

「私の存在に気づいて、という欲求はあまりにも本質的なものなので、本能と言いなおしても良いかもしれない」と柿木教授。「いじめの中で一番つらいのが無視される、つまりシカトされることです。それは暴力よりも心に深い傷を負わせる場合があります。なぜなら自分がその場にいない、透明人間のような存在にされてしまうことによって、『私の存在に気づいて』という本能が完全に否定されるからです。」

自己顕示欲や目立ちたがりという概念は古くある。それらはもちろんLAMSに含まれるが、そこまで目立たなくても「存在を認めてほしい」という欲求もLAMSには含まれる。LAMSが本能だとすれば、誰にでもLAMSになる可能性があるという。

LAMSの人の脳では何が起こっているのか?

ではLAMSの人たちの脳の中ではいったい何が起こっているのか。柿木教授は「いくら現代の最新鋭の技術を用いても容易には解明できない」という。解剖学的にも生理学的にも何の異常もみられないと思われるとするが、ただし、ある程度の推測はできるそうだ。

「人間の本能的な感情や行動は『大脳辺縁系』と呼ばれる部分で行われる。大脳辺縁系は動物が共通して持っている部位です。不安、恐怖、怒りなどのいわゆる『情動』と総称される気持ちが起きるときは、この大脳辺縁系が活発に働く。『私を見て』という気持ちが本能的であるとすれば、大脳辺縁系が関係している可能性が高いですね」

緑の線の内部が脳内における大脳辺縁系の位置 (出典:国立環境研究所)

一方、そうした感情をコントロールする機能や、理性的な判断や理論づけ、感情のコントロールは新しい脳(新皮質)、特に『前頭葉』で行うという。「主にこの2つの部位の働きによって感情は引き起こされていきます。LAMSの人たちは、発症前は必死に『私を見て』という本能を前頭葉で抑制しているのではないでしょうか。それが周囲からはおとなしい子という評価につながる。ところが、何らかのきっかけで前頭葉による抑制が効かなくなったとすれば、突然の変化が説明可能です。それまで抑え込まれていた本能がいっせいに暴れ出したと考えられるのです」