東京工業大学(東工大)は5月26日、ヒトが何かを予測する場合、顔の出現を予測する方が、言葉や記号などの予測よりも素早いことを発見し、顔に関する情報処理は実際に顔を見るよりも前から始まっていることを実証したと発表した。

成果は、東工大 社会理工学研究科の大上淑美助教、同・小谷泰則助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、国際学会誌「Psychophysiology」誌に掲載される予定だ。

ヒトは行動を迅速かつ的確に行うため、「予期」「予測」という能力を備えているのは誰もが知るところだ。このメカニズムを詳細に調べるため、研究チームは今回、顔、言語、記号という視覚刺激を用いて3種類の条件を設定し、予測に関わる脳活動の違いと「刺激先行陰性電位(SPN)」の「右半球優位性」に与える影響の検討を実施した。

予測の前に出現する脳波がSPNで、課題に関連した知覚刺激が与えられた時に、その刺激が出る前の数秒間に出現する「事象関連電位」(アルファ波やベータ波などの脳波に重なって生じている脳波で、一定の時間幅を設定し加算平均法を用いて抽出する脳波)と呼ばれる脳波である。

このSPNは右脳の活動が高い、つまり右半球優位性という特徴を持つ。ただし、これまでに常に右半球優位性が確認されているわけではない。例えば、知覚刺激に付随した金銭報酬を与えた場合には、動機づけの程度が高まり、右半球優位性が消失するという。加えて、異なる知覚刺激の提示により、SPNの分布も異なることが先行研究で示されている。

そこで今回の実験では被験者に指定された時間が経過したらボタンを押してもらい、その時間評価が合っていたか間違っていたかのフィードバック刺激(この場合は、実験課題上での指定された行いに対する結果の提示)を与える「時間評価課題」を用い、頭皮上58個の高密度電極によって被験者30名のSPNが測定された。時間評価課題とは、被験者が指定された時間(例3秒)を頭の中で数えてボタン押しを行い、その数秒後にその時間評価が合っていたか間違っていたかのフィードバックが提示されるというものである。

画像1のグラフは、SPNに対し、主成分分析(PCA)が行われた結果だが、5つの成分の内2つがSPNに深く関与する成分で、「EarlyS PN(前期成分・F5・青線)」と「Late SPN(後期成分・F3・赤線)」の2つの成分に分かれることが判明。さらに分析を進めると、言葉や記号の出現に備えた場合の脳活動(Late SPN・F3・赤線)が、フィードバックの直前で大きくなるのに対し、顔の場合(Early SPN・F5・青線)は、1秒以上も前から脳活動が大きくなっていることが確認されたのである。

この結果は、顔の情報処理がほかの情報処理よりも早く、脳は実際に顔を見る前から活動を開始していることを示しているという。Early SPNを頭皮上のマップとして描くことにより、画像2のように「後頭顔領域(Occipital Face Area)」の活動をとらえることができたとした。

画像1(左):SPNに対し、PCAを行った結果。画像2(右):Early SPNを頭皮上のマップとして描くことにより、後頭顔領域の活動をとらえることに成功した形だ

そして今回の実験により、SPNの右半球優位性について、以下の3要因により半球優位性が左右されることが判明したという。

1つ目は、「めずらしいもの」を見つける注意システム「Ventral Attention Network(VAN)」の関与だ。VANは、何らかの顕著な刺激を検出するネットワークであり、右脳が中心的な働きをする(右半球優位性)という特徴を持つ。この特定の脳部位のネットワークが、SPNの右半球優位性に反映されていると考えられている。

2つ目は、動機づけの程度と左半球の活動についてだ。動機づけが高い時には左前頭部の活動が増す(右脳優位ではなくなる)ことは前述した通りだが、今回の研究では、言語と顔条件での動機づけの程度が記号条件より有意に高く、左半球の振幅が増加し、右半球優位性が消失していた。この結果は、「顔」と「言葉」には、相手の「動機づけ(やる気)」を操作する機能があることを示しているという。

3つ目は、刺激とSPNの分布についてだ提示示されるさまざまな刺激(顔・言葉・記号)によりSPNの分布は異なるが、今回の研究では、言語条件時に左半球の頭頂と側頭エリアの振幅が増加傾向にあったとする。また、顔刺提示示時に早い処理の時間帯に右半球優位性が確認された。このことは、右脳・左脳どちらもそれぞれの役割に応じて刺激が入力される前からすでにダイナミックに活動を変化させていることを意味しているという。

まとめると、今回の実験により、右脳の働きは、顔・言葉・記号などの予測される情報の種類、めずらしいものを検出する注意システム、動機づけ(やる気・報酬)、の3要素のそれぞれの程度によって影響されることがわかり、右脳と左脳の相対的な働きはこれらの3つの要素によって変化することを明らかにした形だ。

今後、研究チームは視覚刺激以外の知覚刺激、例えば聴覚刺激を用いて、異なる種類の聴覚刺激の予測において脳活動に違いがあるのかどうかを検討し、ヒトが予測する際の脳活動の基礎研究としてのデータを積み上げていく方針とした。