日本原子力研究開発機構(JAEA)は2月7日、「イオン伝導体」を分離膜として用い、分離過程で電気などの外部エネルギーを消費せず逆に電気を発生しながら、核融合炉燃料製造やリチウムイオン電池などの原料となるリチウムを分離する革新的ともいえる元素分離技術を開発し、海水から回収することに成功したと発表した。
成果は、JAEA 核融合研究開発部門 増殖機能材料開発グループの星野毅研究副主幹らの研究チームによるもの。研究は内閣府の「最先端・次世代研究開発支援プログラム」によるものだ。
大型リチウムイオン電池は、製造業大国である日本の最先端技術分野であり、今後も新興国の化石燃料消費量は増加傾向が続くことから、世界的に低炭素化社会実現へ向け、リチウムイオン電池のニーズは高い状況だ。また、国際協力にて開発中の新たな発電炉である核融合炉においても、炉の中心部で発生するプラズマの周りを覆うブランケットという場所に敷き詰めて、燃料製造や発電に必要な熱を作り出すリチウムを大量に使用するため、発電実証が開始される今世紀半ば以降は、大量のリチウム需要が見込まれている。
リチウムは、高い希少性の高い31種種類のレアメタルの内の1つで、チリ、アルゼンチン、ボリビア等の南米に偏在しており、地上の埋蔵量は約3000万トンと推定されている。日本は南米諸国からの100%の輸入に頼っている状況だ。すぐに枯渇する量ではないが、2013年4月のアメリカ化学会での報告では、膨大な敷地で1年以上かけてリチウムを含む塩湖の水を自然蒸発させて資源回収しているため、今後のリチウム需要の急増に対応できず、資源不足に陥る懸念が報告されているのはご存じの方も多いことだろう。
そこで、リチウムが海水中に多量に含まれていることに着目し、研究が進められて、今回結実したのが海水からのリチウム回収技術だ。海水には約2300億トンという膨大なリチウム資源が存在すると推定されているため、資源の乏しい日本においては海水からリチウムを回収する技術を実現できれば、リチウム資源大国になることも可能なのである。
今回開発された技術では、海水とリチウムを含まない回収溶液間をイオン伝導体の分離膜で隔離し、海水と回収溶液間にリチウム濃度差を生じさせることにより、海水中のリチウムが回収溶液へ選択的に移動する分離原理を発案し、さらにリチウムの移動と同時に発生する電子を電極により捕獲することで、電気を発生しながらリチウムを回収できるという新しい技術だ(画像1・2)。
なおイオン伝導体とは、主にセラミックスや高分子シートなどの、イオンを伝導させる性質を有する材料のことをいう。今回の研究では、「NASICON型結晶構造セラミックス」のイオン伝導体が、リチウム分離膜として使用された。このイオン伝導体は、発火性が低く、充電量の大きい次世代リチウムイオン電池の電解質材料としても期待されている特徴を持つ。
画像1(左):今回のリチウム分離技術は海水からリチウムを回収する。リチウムイオン電池の原料となるよう炭酸リチウム粉末を精製する方法も検討された。画像2(右):海水中のリチウムを回収する今回の元素分離技術の模式図 |
また最先端・次世代研究開発支援プログラムでは、実験室規模の限界を目指した装置のスケールアップが試みられた(画像3)。実際の海水を用いて3日間のリチウム回収試験が行われたところ、海水に含まれるリチウムを最大で約7%回収することに成功したという。さらに波及効果の1つとして、海水の代わりに豆腐作りで必須な日本独特の「にがり」(リチウム濃度は海水の約50~100倍)を用い、同様の試験条件でにがりからのリチウム回収も行った結果、海水と同等の回収性能が得られたとした。
ちなみに、リチウムイオン電池の原料としては、主に炭酸リチウム「Li2CO3」が用いられている。しかし、今回のリチウム回収液は、希塩酸中に塩化リチウム(LiCl)が溶けた状態で存在するため、原料となるLi2CO3粉末を得るための検討が行われた。まず、リチウム回収液と安価な炭酸ナトリウム(Na2CO3)水溶液を混合し、目的とするLi2CO3の沈殿物を得、次に沈殿物をろ過で回収して乾燥することで、Li2CO3の粉末精製に成功したのである(画像4)。
今回の技術は、塩湖からの回収技術と比べ、省スペース、短時間、さらに、電気を新たに生むことからゼロ・エミッション化を目指した革新的な技術だ。しかも海水だけでなく、"にがり"からのリチウム資源回収の成功は、使用済みリチウムイオン電池からのリチウムリサイクル、海水の塩製造や淡水化処理時に廃棄している濃縮海水からのリチウムを含む各種有用なミネラルの効率的な回収などにも適用可能な、波及効果の高い技術であることを示している。
また、リチウム分離過程で発生する水素ガス(+極)や塩素ガス(-極)は、さまざまな工業分野でニーズの高いガスだ。さらに、回収技術が未確立の、ボリビアなどの塩湖に多く含まれる硫酸リチウムからのリチウム回収にも適応が期待できる技術だとする。
日本での食塩製造が塩田から製塩工場へとすべて置き換わったのは昭和40年代と、遠い昔ではない(画像5)。今後はパイロットプラント規模への拡張を目標とし、急増するリチウム資源需要分は海水から確保し、使用済みリチウムイオン電池はリサイクルする、リチウム工場によるリチウム資源の循環型社会の実現へ向けた、革新的な科学技術イノベーションの創出を目指すとする。また今回の技術は特許を出願済みであり、今後はパイロットプラント規模への拡張を目標とするとした。