東京大学は1月30日、温泉など80℃以上の環境で生育する超好熱古細菌「Pyrococcus abyssi(P.abyssi)」由来の制限酵素「R.PabI」は、DNA塩基配列中の糖と塩基の間の結合を切断する「DNAグリコシラーゼ活性酵素」であることを見出したと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻の田之倉優教授、同・宮園健一特任助教、同・宮川拓也助教、同・伊藤友子特任研究員、同・大学院 新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻の古田芳一特任助教、同・博士課程3年の渡部(松井)美紀氏(当時)、同・小林一三教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月24日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

DNAの塩基配列を操作する遺伝子組み換え技術には、特定の塩基配列を認識して2本鎖のDNAを切断する酵素群、つまり「制限酵素」が欠かせない。制限酵素は細菌の外来DNAに対する自己防御機構として発見され、現在では遺伝子組み換え実験などに頻繁に利用されている。なおDNAは、塩基に糖とリン酸が結合し直鎖状に連なった構造を持つことから、制限酵素はこれまで、糖とリン酸の間の「ホスホジエステル結合」を切断(加水分解)する「エンドヌクレアーゼ活性」と考えられてきた。

一方で、P.abyssi由来のR.PabIは、田之倉教授らによって初めてその立体構造が決定された制限酵素だ。特徴的な立体構造を取ることが知られている。しかし、R.PabIがどのような機構でDNAを切断しているかに関しては不明なままだった。そこで研究チームは今回、R.PabIによるDNAの切断機構を構造学的な手法により明らかにしようと試みたのである。

R.PabIとDNAの複合体(R.PabI-DNA複合体)の立体構造をX線結晶構造解析法により決定するため、R.PabIとR.PabIが認識する特定の配列「5'-GTAC-3'」を含む2本鎖DNAの複合体の結晶が作製され、高エネルギー加速器研究機構の運用する大型放射光施設「Photon Factory」のビームライン「AR-NE3A」にてX線回折データの収集が行われた。

得られたX線回折データを用いてR.PabI-DNA複合体の立体構造の決定が行われたところ、R.PabIは2本鎖DNAを90°近く折り曲げてR.PabIと結合させること、R.PabIが配列を認識する部位では2本鎖DNAの向かい合った塩基間の相互作用が破壊されていることが明らかになった(画像1)。なお、R.PabIが認識する特定の配列の「5'-GTAC-3'」は、折れ曲がりの頂点に位置する。

画像1。X線結晶構造解析法により決定したR.PabI-DNA複合体構造

また、R.PabIが配列を認識する部位の近辺の立体構造を精査したところ、認識配列中に含まれるアデニン塩基がDNA鎖から離れて存在していることが示唆されたという。これは、R.PabIはエンドヌクレアーゼではなく、DNA中の塩基の脱離を触媒する「DNAグリコシラーゼ」である可能性を示す結果である。

これまで、DNAグリコシラーゼ活性を持つ制限酵素は一切知られていなかったが、R.PabIの触媒反応によって生じた産物を「高速液体クロマトグラフィー」(機械的に高い圧力をかけることで溶液を高流速で樹脂に通し、化合物の分離および精製を行う手法)や「マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析」(イオン化しやすいマトリックスをあらかじめサンプルと混合することにより、壊れやすい高分子化合物を安定的にイオン化し、その分子量を測定する手法)などで解析が行われ、すると、示唆された通りにR.PabIの添加によってアデニン塩基の脱離反応が引き起こされることが確認された。

またR.PabIの一部の構造に対し、人工的に変異を導入したR.PabI変異タンパク質の解析を行うことにより、R.PabIによるDNAグリコシラーゼ反応を触媒する「活性部位」も同定された。なお活性部位とは、それぞれ特徴的な立体構造を有する、1本のポリペプチド鎖から作られる巨大分子であるタンパク質の内、実際にその機能に関与するごく一部の領域のことをいう。タンパク質の機能には、この活性部位の構造が重要だ。

以上の結果により、R.PabIは特定の配列を認識し、DNAグリコシラーゼ活性を示す制限酵素であることが明らかになったのである。R.PabIの触媒反応によって、向かい合った2つの脱塩基部位を持つ2本鎖DNAが生み出されるが、このままでは向かい合った2つの脱塩基部位に結合が残っているため、2本鎖DNAの切断は引き起こされない。R.PabIの触媒反応によるアデニン塩基の脱離後に、熱による自然分解、もしくはほかの酵素との共同的な作用が起こることによって、最終的に2本鎖DNAの切断がもたらされるという仕組みだ(画像2)。

画像2。R.PabIによるDNAの切断メカニズム

R.PabIは既存のタンパク質とは立体構造が類似していない新奇性の高い酵素であり、特定の配列を認識し、DNAグリコシラーゼ活性を示すほかに類を見ない反応を触媒するのが特徴である。R.PabIという酵素の存在が確認された今、R.PabIに類似した立体構造を持つ新規DNAグリコシラーゼや、エンドヌクレアーゼではない活性を示すほかの新規な制限酵素などが発見される可能性が高まり、今後さまざまな研究へと発展する可能性が期待されるという。また、今回発見された、細菌の持つ特定な塩基配列を認識しDNAを分解する機構は、これまでの常識を覆すものだとしている。