―― そのほかに苦労された部分はいかがですか?

斉藤氏「以前、GW-A1000の開発についてお話ししたとき、スマートアクセスのりゅうず設計に苦労した(※3)ことに触れましたが、今回、あの苦労に匹敵するのが『着磁対策』です(笑)」

※3 スマートアクセスのりゅうず設計に苦労した話
GW-A1000の開発時、スマートアクセスのりゅうず設計を担当した辻彩子氏は語った。「もうダメかと思った…」
G-SHOCK初のSmart Access搭載! - スカイコックピット「GW-A1000」開発秘話

―― 時計が磁力を帯びて精度が狂ってしまう、あの着磁ですか?

牛山氏「ここでいうのは、主に着磁による方位計測機能への影響です。磁気センサーが磁界の影響を受けて、正確に方位を計測できなくなってしまうことです。

磁気センサーは磁力の影響を特に受けやすいので、これは深刻な問題です。でも、それは形として見えませんし、ユーザーの方々にとっては、きちんと対策されていて当然な部分。私たちメーカーの責任としてやらなければならないことです」

―― 具体的には、どのように対策をしたのですか?

牛山氏「ひとつは、金属パーツの素材の見直し。もうひとつは、磁気センサーデバイスの保護です。ご存じのように、時計には、針やギア、ボタン、バック、バンドの中にもバネ棒やバックルといった金属パーツが多用されています。これらはすべて着磁する可能性があるということです。そこで、今回はこれらの素材から見直して、すべて着磁しにくい素材に置き換えました」

―― といっても、PRO TREKには以前から磁気センサーが搭載されていますし、すぐに解決できそうな気もしますが…。

牛山氏「磁気センサーを標準搭載するPRO TREKには、もともと着磁対策を意識する文化がありました。金属パーツはそれを前提に素材選定や設計をしていますし、メタルバンドで使用しているチタンも着磁しない金属です。当初、チタンは軽量だから選んだのですが、開発中に着磁しないことが分かり、今や定番の素材となりました。

しかし、G-SHOCKには着磁対策の文化があまりなかったのです。MUDMAN(マッドマン)やWADEMAN(ウエイドマン)は方位センサーを積んでいますから、まったくなかったわけではありません。ただ、どちらもデジタルモデルなので、針もギアもなく、モジュールにスペースがあり、磁気センサーの置き場所は比較的自由でした。ここがPRO TREKとは決定的に違います」

PRO TREKの基板とモジュール

―― GW-A1100では、磁気センサーが小型化したからこそ設置できたというお話しがありましたね。

牛山氏「そうなんです。磁気センサーを磁力の影響を受けない位置に置かなければならないのですが、基板上のスペースはほぼ限られていました。そこで、設置候補スペースをいくつか考え、それぞれの磁界がどうなっているかを調べたわけです。最終的にはその中から、もっとも有利なところを選びました」

―― マルチミッションドライブのモーターがひしめいている中に入れなければならないわけですよね。モーターの近くは、どうしても磁界が発生してしまうのでは?

牛山氏「と思うでしょう? ところが実は、モーターが発生させている磁界には決まりがあるんです。時計内部のマイコンはそれを把握できるので、モーターはむしろ磁界の状態が分かりやすいデバイスなんですよ。

たとえ磁界の影響があっても、それがどういう影響か分かれば対処できる。

モーターの中には磁石があって、その磁石がどんな磁界をどのように発生するかは分かっているので、それを除去して方位の情報だけを読み出しています。逆に、電波時計のアンテナだったり、二次電池やモーターの一部の部品など、どのように着磁してどのような磁界を発生するか分からない部品の近くはダメですね。

とはいえ、万全の場所はありません。PRO TREKでは『絶対そんなに近づけない!』というところまで、GW-A1100では工夫を重ねて磁気センサーとモーターを近づけています」

アナログ針のG-SHOCK(一部)で採用されいているモジュール

―― どんな工夫ですか?

牛山氏「着磁傾向を検出したときは、『方位の補正をかけてください』という通知モーションを出すようにしています。万が一、ユーザーの皆さまがGW-A1100で方位を計測して、時分針が動いて6時を指したときは、着磁している可能性があります。ですので、方位を正しく計るための補正操作を行ってください。磁気の影響が出てしまったり、方位が正しく計れないほど磁界の変化がある場所で計測すると、この機能が発動します」

―― 着磁の可能性どのように認識しているのですか?

牛山氏「磁気センサーが想定している磁力より、計測結果の数値が大きい、もしくは小さいときに、異常値として認識します。ちなみに、地球上の磁力は場所によっても違うので、長距離を移動したときは補正をかけてあげると、その現場での正しい方角が計れます。

方位計に関しては命に関わってくるので、地磁気の影響なども気にして精度を確保しないと、エマージェンシーレベルのコンセプトを貫けない。ですから、ギリギリまでこだわりました」

斉藤氏「着磁対策については、最後の最後でやってましたね。出荷できないんじゃないかと心配になるくらい(笑)」

着磁や対策について、牛山氏が分かりやすく説明してくれた

―― 記事にも、くれぐれもPCやテレビのそばに置かないでくださいと書いておきます。機械式時計では常識ですが、何となく"G-SHOCKなら大丈夫だろう"と考えてしまうユーザーは少なくないと思うんですよ。それだけ信頼しているということでもあるのですが。

牛山氏「それはありがたいことです。実は、ユーザーの方々が『G-SHOCKは何をしても大丈夫』と思っていないかと、私たちも考えています。機械式時計をPCの隣に置かない人でも、G-SHOCKは置いてしまうかもしれません。だから私たちは、その期待に応えられるように作りたいと思っています」

斉藤氏「G-SHOCKは山に行くための時計ではないので、コンパス付きですというだけでは手に取っていただけない。そう思いながらGW-A1100を作りました。最新のテクノロジーなので、それをアピールすることをカタログには書いています。

でもそれよりは、SKY COCKPITシリーズの耐衝撃、耐振動、耐遠心重力のタフネス性能"トリプルGレジスト"の安心感や、スマートアクセスと電波時計の使いやすさ、サファイアガラスの視認性の良さ、デザインの良さで選んでいただきたいですね。

なおかつ、方位計測も付いていて、いざというときにも頼りになる。旅行先で道に迷ったとき、あるいは外泊時に北枕を避けたいときとか(笑)。日常生活の軽いエマージェンシーで、GW-A1100の方位計測ボタンを押していただけたらいいなと思います」