東京大学は10月1日、物質・材料研究機構(NIMS)、オーストラリア・Wollongong大学との共同研究により、球面収差補正技術を用いた「原子分解能走査透過型電子顕微鏡(STEM)」を駆使し、「マルチフェロイック材料」の「強誘電性ドメイン」をサブオングストローム(Å)の空間分解能で精密に評価する技術を確立したと発表した。

成果は、東大大学院 工学系研究科附属 総合研究機構の幾原雄一 教授、同・柴田直哉准教授、同・松元隆夫特任研究員、NIMSの木村秀夫グループリーダー、Wollongong大のXiaolin Wang教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月9日発行の米国化学学会誌「Nano Letters」に掲載された。

低炭素社会を実現するデバイスの創製には、環境に優しく高いエネルギー効率を有する新規先進環境材料の開発が不可欠だ。またその開発過程においては、まず材料の原子構造を評価することが重要である。そうした中、近年は「球面収差補正技術」を用いた最新のSTEMでもって「高角度環状暗視野(HAADF-STEM)」(画像1)像を観察することで、材料内部の原子構造も直接観察できるようになってきた。

なお球面収差とは、レンズなどで光を1点に集めた時に、その集まるはずの光が光軸上の1点に集まらないことで、レンズが球面であることから起きるレンズが宿命的に背負っているともいえる課題だ。電子顕微鏡で使用される対物レンズでも起きる問題だが、今ではそれを補正できる技術が開発されており、球面収差補正を行うことで、超高分解能像が得られるようになってきた。

またSTEMはその球面収差の補正装置を用いて、0.1nm以下まで細く収束させた電子線を試料上で走査し、資料により透過散乱された電子線の強度でもって、資料中の原子位置を直接観察することが可能だ。電子線の検出角度を調整することによって種々の情報が得られるという仕組みも持つ。

さらに、東大が財団法人ファインセラミックスセンターおよび日本電子株式会社と共同で開発した、内側の環状領域を使用する「環状明視野(ABF-STEM)法」(画像1)を用いると、酸素、炭素、リチウム、さらには水素などの軽元素までもが観察可能になる(外側の環状領域を使用した像をHAADF-STEM像という)。しかし、材料の機能発現には原子構造のみならず電磁気構造が重要であり、高い空間分解能を有する評価技術の開発が急務だ。

画像1。球面収差補正型のSTEMの模式図

次世代の環境材料として期待されている1つがマルチフェロイック材料である。巨視的な電気的分極である「自発分極」を有し、かつ外部電場により分極の向きを変えられる性質を「強誘電性」というが、その強誘電性に加えて磁気的性質を併せ持つのがマルチフェロイック材料である。原子スケールでの電磁気構造がその特性と密接に関係していると考えられるが、これまでその電磁気構造の詳細は不明だ。

そこで研究チームは今回、STEMと「統計的画像処理法」を駆使し、強誘電性の本質である原子の変位を直接観察することで、マルチフェロイック材料の特性に大きく寄与する「強誘電性ドメイン」(物質内部で自発分極の向きがそろった領域)をサブオングストロームの空間分解能で可視化することに挑み、そして見事に成功したのである。なお統計的画像処理法とは、1つの2次元画像を各画素の値に対応した座標成分を有する多次元空間中の1点としてとらえ、多数の画像に対応する点の分布から、画像間の差異などを統計的に有意な情報として抽出する画像処理手法のことだ。

画像2と3は、「六方晶YMnO3単結晶薄膜」中の強誘電性分極構造(ドメイン)を超高分解能走査透過電子顕微鏡により観察し、統計的画像処理により求められた平均像だ。画像2がABF-STEM像で、画像3HAADF-STEM像。ABF-STEM像では黒丸が原子位置を示し、逆にHAADF-STEM像では白丸が原子位置を示している。画像に示されているように上側のイットリウム原子層において0.48Å、下側のマンガン酸素原子層において0.16Åの微小な変位が鮮明に観察された。

六方晶YMnO3単結晶薄膜中の強誘電性ドメインを超高分解能走査透過電子顕微鏡により観察した像。イットリウム原子層において約0.5Åの微小な原子変位が鮮明に観察されている様子がわかる。 画像2(左):ABF-STEM像。 画像3(右):HAADF-STEM像

さらに今回の手法により、分極方向が180°異なる2種類の強誘電性ドメイン間の界面(ドメインウォール)を定量的に評価したところ、画像4・5に示されているように、いずれの界面においても電気的分極が原子スケールで急峻に遷移していることが判明。従来の強誘電性材料では通常、縞状のドメインが観察され、そのドメインウォールは直線に近いものが多いことが知られている。

2つの異なるドメインウォール(画像4(左):LDW(ドメインウォールが横に並ぶ)。画像5(右):TDW(ドメインウォールが縦に並ぶ))における電気分極の観察例。赤色は上向きの分極、水色は下向きの分極を示している。いずれのドメインウォールにおいても原子スケールで急峻に分極方向が変化していることが確認された

一方、今回の材料の強誘電性ドメインは独特な形状をしており、自由な曲線状のドメインウォールとなっていることが透過型電子顕微鏡による暗視野像観察で知られていた。今回の観察により、原子スケールで急峻な2種類のドメインウォールの組み合わせによって、自由な曲線状のドメインが形成されていることが明らかされた形だ。

さらに、今回の材料は電気的性質だけでなく磁気的性質も有し、その独特の「磁気電気的効果」に密接に関連すると考えられているマンガン酸素原子層においてもイットリウム原子層における原子変位と相関した変位があることが明らかにされた。この成果は、最先端電子顕微鏡技術と統計的画像処理法を組み合わせることで実現した画期的成果であり、今後、新規圧電材料の開発においても役立つことが期待されるとしている。