札幌市立大学 看護学部・大学院 スーディ K. 和代教授

日本マイクロソフトや札幌市立大学ら4団体は9月12日、「E-KURASHI(イークラシ)」の実証実験を今秋より開始すると発表した。E-KURASHIは、都市部における高齢者の孤立防止と健康管理を、Surface RTを活用して支援するシステム。

日本マイクロソフトと札幌市立大学以外には、システム開発を行うテンプホールディングスのAVCテクノロジーと、実証実験を行う琴似地域で再開発事業を手掛けるコーポレーション・ミヤが参画する。

E-KURASHIのシステムは、札幌市立大学の地域連携研究センター センター長で、看護学部・大学院のスーディ K. 和代教授が中心となって2009年~2012年に開発した「E-KANGO(イーカンゴ)」を基盤としている。

E-KANGOは、在宅療養者の訪問看護を行う際に看護師の負担を減らすために開発されたシステムで、患者が自身の症状や健康状態を簡単に病院側へ報告できるよう、簡素で分かりやすく入力できるタッチパネル搭載のPCを利用していた。

タッチパネル操作は、スマートフォンやタブレット端末の普及と共に「誰でも分かりやすく直感的な操作ができる」というイメージを持つ人も少なくないだろう。しかし、実験を推進するスーディ氏は「実情は違う」と語る。

「E-KANGOを通して得た教訓は、タッチパネルが決して万能なものではないというもの。身体的に障害が出てしまっている人、例えば四肢に障害を持っている人は、指先だけが動くという場合、キーボードが接続されているデバイスが必要」(スーディ氏)

キーボード以外にも、マウス入力など様々な拡張性を持つことから、E-KURASHIでは単なるタブレット端末ではなく、Windows RT端末を選択したという。また、その中でもSurface RTに決めた理由については「マイクロソフトはWindowsだけではなく、クラウドシステムにも強い基盤を持っているという点でも非常に魅力的で、協力していただいた」(スーディ氏)とし、同社のクラウドソリューション「Microsoft Dynamics CRM Online」を含めた包括採用に至った経緯を明かした。

E-KURASHIはE-KANGOの発展系

E-KURASHIは、E-KANGOの実績をもとに開発されたシステムで、病院と在宅療養者双方の課題解決を図る目的がある。病院側については、札幌特有の問題ではあるものの、冬季の訪問看護における負担の軽減がある。

冬季は、積雪などで交通機関がまともに動かず、夏期に30分で移動できる場所も、冬季では60分かかってしまうケースがあるという。場合によっては、看護師自身の身に危険が及ぶ可能性もあるため「ネット環境を利用して在宅療養者自身が健康管理を報告できるシステムができれば」(スーディ氏)という思いがあったという。

一方で、在宅療養者自身にも大きなメリットがある。近年、都市部での孤独死がテレビや雑誌などのメディアで問題として報道されているが、孤独死に至らない場合でも、「在宅療養を行っている高齢者は、家族などがいる人よりも健康状態が相対的に良くない結果が出ている」とスーディ氏は話す。

これは、健康状態を素早く報告できる人が身近にいないことで、病気などの発見が遅れるほか、コミュニケーション不足という生活の基盤がなくなってしまう点も挙げられるという。

E-KURASHIでは、定期的に自身の健康状態を病院側に送信することで健康を管理し、生活リズムを作ることや、Skypeと連携させて医師や看護師などとビデオ通話を通してコミュニケーションを行うことができる。

スーディー氏は、「孤立している人が自分の健康に関心を持つことは重要。E-KURASHIを通してコミュニケーションの道も開くことができるため、在宅療養の多い軽度認知症の高齢者に良い」と語る。

E-KURASHIでは、健康状態を送信する際、Windows 8アプリに体重や血圧を入力する必要がある。PCが持つ拡張性の高さを活かし、「血圧計や体重計などと連携することで、煩雑な入力を飛ばせば良いのでは」と考える人も多いだろう。

この点に関し、スーディ氏は「確かに、Bluetooth接続の血圧計などを実証実験で利用してみようという話はある。ただ、全ての作業を簡潔にしてしまうと、ルーチンの作業がなくなり、認知症患者などは症状が進んでしまう可能性がある。『血圧今計ってるよー』とか『この薬を飲めば良いの?』などと、Skypeを通してやり取りすることが重要」と説明。合理化だけではうまく行かない医療現場の難しさを語った。

最後にスーディ氏は「ある調査では、在宅で亡くなりたいという声が過半数を超える一方で、病院で亡くなる割合が8割を超える現実がある。在宅療養者向けのE-KURASHIが普及すれば、病院で療養している人を自宅に帰して遠隔で看護できる。入院治療が減ることで医療費の削減にも繋がり、財政負担の一助にもなる」と話し、医療へのICT活用が様々な波及効果を生む可能性を示した。