イプシロン初号機成功の意義
打ち上げの後、JAXA内之浦宇宙空間観測所のプレスセンターにおいて、記者会見が開催。前半の第1部には、JAXAの奥村直樹理事長と、文部科学省の福井照副大臣が出席した。
奥村理事長はJAXAの理事長に就任してから、今回、初の内之浦での衛星打ち上げということになるが、感想を問われ「言葉にならないほど感動した」と回答。地元の応援については「経験したことがないほどの熱意を感じた。町を挙げて応援していただいて、それが我々の大きな力になっている」とし、謝意を表した。
イプシロン初号機については「大きな意義がある」と強調。「今年は新しい基幹ロケット(H-III)の開発にも着手する。この2つ(イプシロンとH-III)が完成すれば、市場に向けた我が国の基幹ロケットが揃う。今年はその初めの年になる」と述べて、打ち上げの成功を喜んだ。
内之浦での衛星打ち上げは、2006年9月のM-Vロケット7号機以来、ほぼ7年ぶり。そのM-Vはコストよりも性能を追求したロケットであり、搭載したのはすべて国の科学衛星だったが、新型のイプシロンでは低コストと高性能の両立を目指しており、科学衛星だけではなく、商業衛星の打ち上げも狙う。
イプシロンは今回、初号機が打ち上げられたばかり。本格的な受注活動はこれからということになるだろうが、市場に受け入れられるかどうかは未知数だ。政府としてどう取り組むのか、質問を受けた福井副大臣であったが、「どうあるべきかは今後政府全体で考えさせていただく」と述べたのみで、具体案については言及を避けた。
より競争力を高めるために、プロジェクトチームは2017年度には改良した「高性能低コスト版」のイプシロンを投入するプランも示している。この開発について、奥村理事長は「マーケット調査と並行して行う必要がある」と指摘。「現在の能力で対応できる衛星のニーズを発掘しつつ、どう開発していくかを両輪で検討していく」と方針を説明した。
ちなみに、今年はちょうど、NASDA(宇宙開発事業団)、ISAS(宇宙科学研究所)、NAL(航空宇宙技術研究所)の宇宙関連3機関が統合し、2003年10月にJAXAが発足してから、10周年になる。奥村理事長はそのことにも触れ、「イプシロンには、旧ISAS以外に旧NASDAや旧NALの技術も採用されている。イプシロンは3機関統合の象徴」とコメント。「さらに我が国の宇宙航空技術を糾合して、研究開発に邁進したい」と述べた。
衛星とロケットの名前の由来
続いて開催された第2部の記者会見には、JAXAの森田泰弘イプシロンロケットプロジェクトマネージャと澤井秀次郎SPRINT-Aプロジェクトマネージャの両プロマネが出席、最新のロケット/衛星の情報について説明した。
まず始めにマイクを握った森田プロマネは、「ようやく心の底から笑えるような日が来た」と現在の心境を吐露。これまで、常に自信満々に見えた森田プロマネだが、「大人数のチームを率いる私の立場からすると、そうせざるを得ない。実は眠れない日もあったが、自分やみんなを奮い立たせるために、強気の発言を繰り返した」と打ち明けた。
ロケットの飛行については、ほぼ計画通りだったという。衛星の投入軌道は、会見時にはまだ解析中であったが、翌15日に発表があり、軌道計算の結果が公表されている。
イプシロンのオプション形態では、最終段の液体エンジン「PBS」で第3段までの誤差を吸収できるため、±20km程度という高い精度で軌道投入できるのがウリの1つ。今回、わずか数kmという小さな誤差で衛星を投入できたことで、それを実証できた形だ。
ただ、今回は第3段までの固体ロケットも、精度は良かったようだ。公表された打ち上げシーケンスの速報値を見ると、PBSの燃焼時間のみ実測値との差が大きいが、この予測値はかなり以前の数値であり、打ち上げ直前の最終予測値とはほぼ同じだったとのこと。つまり、PBSによる大きな軌道修正は不要だったということだ。
澤井プロマネは、「綺麗に打ち上げてもらった」と感謝。太陽電池パドルが展開し、姿勢制御も機能しており、衛星の状態はすべて正常であることを報告した。「順調に行きすぎて拍子抜けした」そうで、「異常対応の手順を100以上用意していたが、そのすべてが無駄になってしまった」と笑顔を見せた。
衛星の愛称については、冒頭でも述べたように「ひさき(HISAKI)」と命名された。これには2つの意味があり、1つは内之浦にある地名「火崎」に由来するという。この場所は津代半島の先端部にあって、内之浦で最初に朝日が当たる。「内之浦の新しい夜明けを象徴する」のに相応しい名称であると言える。
また地元の漁師が安全を祈願する場所でもあるそうで、澤井プロマネは「イプシロンも内之浦から旅立つ船。漁船、ロケット、衛星の安全な航行を祈願して"ひさき"という名称にした」と理由を明かした。そしてもう1つの意味は、衛星の観測対象に由来。「ひさき」が観測するのは惑星、つまり太陽(ひ)の先にあるもの、ということだ。
ところでロケット側の「イプシロン(E)」という名称については、すでに「Evolution(進化)」「Excellence(優秀)」「Exploration(探査)」「Education(教育)」の意味であることが明らかにされていたが、森田プロマネは残りの理由について、打ち上げ後の記者会見で公表したいとの意向を示していた。
これについて、森田プロマネは「イプシロン(ε)には、記号そのものに意味がある」と説明。εは数学において"微少量"を表すが、「小さいけど存在感がある。"山椒は小粒でもぴりりと辛い"ということ」と意味を明かした。
それに加え、実はもう1つ隠された意味があったという。それはある日、的川泰宣JAXA名誉教授と新しいロケットの名称について相談していたとき、的川教授が言い出したことだった。「森田君、Mをちょっと回してみたら…」
森田プロマネは、イプシロンを開発するにあたり、ISAS内で意見を聞いて回ったところ、Mロケットの精神、つまりチャレンジ精神だけは忘れないようにして欲しい、と要望されたとか。「イプシロンは、Mロケットの精神を密かに受け継ぎながら、別次元のロケットに変身した。新しい時代を切り拓くロケットの名称に相応しい」として決めたという。