「特殊メイクに興味ありませんか?」

突然の編集部からの電話に、ふたつ返事で取材を引き受けた。

"特殊メイク"

「クリエイティブ」という同じ括りの中にいても、なかなか会って話すことのない業種。

日本にある、数少ない特殊メイク・特殊造形・特殊衣装のアトリエGM-Atelierで働く菅谷修一氏は、メイクアップクリエイターだ。見上げるほどの高身長、がっしりとした体格。全身に施された入れ墨、プロレスラーのような髪型。だけど照れ笑いは可愛い。そんな到底細やかな作業ができるとも思えない(コラッ!)菅谷さんから作り出される作品は、極めて美しくかつ繊細で、斬新な新しさに魅了されるものばかりだった。

メイクアップクリエイター菅谷修一氏

「特殊メイクというと、業界的にはホラーやスプラッタなどの映画が好きな人が多くて(笑)。でも、僕は元々ビューティメイクが好きだったんですよね。キレイなものが好き。でも"もっと目立つことがしたい"、"人をアッといわせることがしたい"というのが根底にあったので、専門学校で勉強して特殊メイクの業界に入りました」

そんな風に話す菅谷さんにこんな質問をぶつけてみた。

――特に印象に残った仕事は?

映画『へルタースケルター』(2012年)ですね。通常、PVや広告制作の撮影だと現場は長くても3日、大抵は1日で終わってしまうのですが、この作品は主演の沢尻エリカさんが足に入れ墨をしている女性の役だったので、撮影のある日はこれを毎日作り直さなければならず、現場に2カ月以上いるという長丁場に。そうやってずっと現場にいると「みんなでひとつの作品を作りあげている」という感じに自然となっていくので、それが新鮮で楽しかったです。

また、手術のシーンでエリカさんの顔(に施された特殊メイク)に注射の針を刺すシーンがあるのですが、そのときは本当に緊張しました。本物の肌に刺さっちゃったらどうしようって(笑)。

――1日の仕事の流れを教えて下さい。

朝は10時にアトリエにきます。昼食をとる以外は、もうずっと手を動かしていますね。こういう業界なので、当たり前といえばそうですが、深夜2~3時くらいまでは働いています。とにかく納期がタイトなものが多くて、依頼がきてから1週間で納品なんてこともざらですね。

――仕事をしていて難しいことは?

同じ内容の仕事やパターンやがひとつもないところですかね。前例がないから1から試行錯誤したり、使ったことのない素材に悪戦苦闘したりとトライ&エラーの連続です。口頭でイメージを伝えるのがなかなか難しい分野でもあるのでクライアントから「ちょっとイメージと違う」と言われれば、また素材から選び直しです。まぁ、それが面白いところでもあるんですが。

――なるほど。

笑いながらすごいことをさらっと言ってのける菅谷さん。モチベーションを維持していくことや、そのバイタリティは並大抵のものではない。雑談を含みつつ進む取材のなかでも、こちらからの質問にはひと呼吸おいて真剣なまなざしで答えてくれるのが印象的だ。

「出来上がりをしっかりイメージして、そこを目指してよし!やるぞ!とモチベーションを高めます。メイクが完成して俳優さんが現場に出た時に周りから「おおー!」と言われることがなによりも嬉しいので、その一瞬があれば疲れも全部吹っ飛ぶというか。この「先をイメージして仕事をすすめる」というのは自分の中ではひとつのコツでもありますね」

「あと、傷やゾンビなどを作るときなどは人体の仕組みを徹底的に調べています。"ここを切ったらどんな見た目になって、どれくらいの量の血が出るのか"、"ゾンビがあの動きになるのはここの骨がこう折れているからか"とか、もちろん映像として迫力が出るように脚色を加えてはいきますが、骨格や筋肉のつじつまが合っていないといくら脚色しても最終的にリアリティのないものになってしまうんです」

――最後に将来、この職業に就きたい人にアドバイスをお願いします。

とにかく"いかに気が遣えるか"ですね。気が遣えるということは周りにきちんと目や、心が行き届いているということ。技術は働けば嫌でも身についてくるので、そういった人との関わり方が重要かなと。あとは、この業界の特性なのか、すごく頭でっかちの人が多い。妄想ばっかり広がっちゃってね、なのに打たれ弱い(笑)。固定概念を捨てて、柔軟でいることを心がければ、どんどんいろんなことを吸収していけると思います。厳しい業界ではありますが、"最終的に自分がどうなりたいか"といった将来のビジョンがしっかり描けていれば辛いことも乗り越えられるんじゃないかなと思います。

実はこのインタビューの合間に、ちょっとこんな意地悪な質問もぶつけてみた。

――CG技術がこれだけ進化している今、特殊メイクは必要なのか。CGがあれば十分じゃないのか?

すると菅谷さんはこう答えた。

「そうですね、確かに最近では特殊メイクの上からCG処理をしたりオールCG、なんていうのも少なくありません。だけど、僕は生が好きで。驚いてもらいたいし(笑)。ショーの世界では今みえてるものが全て。たとえば映画にしても実際にそこに傷があるのと後からCGで付ける場合とでは俳優さんのアクションも違ってくるような気がします。ライブ感、みんながアッという瞬間、そういうものがある限り、この仕事がなくなることも絶対にないですね」

取材を通して今日一番の自信にあふれた笑顔が印象的だった。それが全ての答えであり、この業界を照らす未来の輝きなんだろう。これから先、菅谷さんが創り出していくものが本当に楽しみだ。

特殊メイク体験

このインタビュー後、実際に特殊メイクを体験させてもらった。その様子を写真を交えつつ、紹介していきたい(かなりリアルなので閲覧にはご注意下さい!)。

まず、予め用意してあった傷口のベースとなる下地を皮膚とくっつける

綿棒を使って液体を表面に塗り、シズル感を出していく

さらに、色を組み合わせながら、よりリアルな血を表現する

その後、傷口以外の皮膚の部分もベースとなる私の腕の色に合わせ完成

同行した編集者Mは、顔に大きな十字形の特殊メイクを施してもらった。そのメイクをつけたまま電車に乗った彼は、周りに凄い目で見られたと後日、私に報告してきた