本多氏の作品の中でも近年話題をさらったのは、女優の沢尻エリカが登場する「スニッカーズ」のCM。テーマは「キミを取り戻せ」。空腹時の登場人物が不機嫌な沢尻エリカになってしまい、スニッカーズを食べると満たされた元の姿に戻るというインパクトのあるストーリーだ。
とはいえ、沢尻エリカに対して、ある種自虐的な企画を提案するのは「勇気がいることでした」と本多氏。出演することのメリットを丁寧に伝えることで両名の理解を得て、出演につなげた。その結果、このCMは視聴者の心をつかみ、SNSなどでも好意的な反応が多く見られたという。このヒットを受け、2作目として個性の強い内田裕也が出演するCMを制作。空腹の吹奏楽部部員が内田裕也と化して「ロックンロール!」と叫ぶCMは、沢尻のCMと同じく話題となった。
「スニッカーズ」のCMは、女優・沢尻エリカが、彼女のスキャンダラスな出来事を想起させる演出で登場したことも話題となった一因だが、本多氏は、このCMのヒットは人選の奇抜さのためだけではないと語る。映像や音声などを複合的に用いて"リアルな気まずさ"を表現し、「人間を描いている」からこそ、説得力が増すのだという。実際にありそうなサッカー部の中に"エリカ様"を放り込むことで、ストーリーに現実味を持たせているのだ。
数々のCMを制作して見えてきた、広告表現にとって大切なもの
本多氏は、かつて自分がスランプに陥ったのは、クライアントの要望を飲みすぎていたために、「人間が描けていなかった」からだと振り返る。「人間を描く」という行為は、本多氏がこれまでの制作を振り返って得た、広告表現にとって欠くべからざる大切なことだという。
例えば、同氏が初期に手がけたスナック菓子「ドリトス」のCMは、海上で遭難してしまった登場人物が、浮き袋代わりにしていたドリトスの袋を破って中身を食べ、海に沈んでしまうというストーリー展開となっている。これは、窮地にあっても好物のスナック菓子を食べずにはいられないという、いわば人間の悲哀のようなものを表現した作品だ。
この例を挙げつつ、本多氏は「商品自体に圧倒的な力があればいいが、そんなものはごく一部」と語る。広告を打つ対象となる多くの商品は、顧客にとって「どうしても必要だ」というものではない。それを売るにあたって、商品を通じて人間が持つ欲求や感情を描くことで、より強い広告表現が可能になるのだと語った。
企画発想に役立つ3つのキーワード
最後に本多氏は、企画の発想に役立つ3つのキーワードを公開した。そのひとつめは「スキーマ」。頭の中にある枠組みを指す心理学用語だ。世間が持っている強いスキーマを利用をすることで広く伝わる表現になると本多氏はコメント。単語こそなじみがないが、先ほどのスニッカーズのCMであれば、沢尻エリカの不機嫌な態度や、内田裕也の「ロックンロール!」というセリフがそれにあたる。世間一般の人に広く知られている共通認識を織り込むことで、表現を強くすることができるという。
ふたつめは「ストーリーテリング」。同氏は、人が物語を見たがるのは、自分がどうなっていくのかを知りたい生き物だからと捉えている。「スニッカーズ」のCMも、スニッカーズという武器を使って"モンスター"を退治する、勇者が活躍する冒険譚と同じ構造になっていると明かした。世界には20個程度のストーリー構造しかないという説もあり、すでによく使われている物語にも自分なりの表現を当てはめていくと、企画の発想が容易になるとのことだ。
3つめのポイントは「水平思考」。「アイデアとは、既存のもの同士の組み合わせである」というのは、企画職のバイブルとも言える書籍「アイデアのつくり方」(ジェームス W.ヤング著)の大きなテーマに言及。水平思考の対になる手法として、ひとつの問題を「なぜ?」と問い続けて答えを出す「垂直思考」がある。これはマーケティング手法のひとつではあるが、同氏は「(垂直思考で掘り下げた先に)そうそう大きな答えは眠っていない」という。既存の要素の組み合わせを模索していく方が、面白い企画が生まれやすいと語った。
締めくくりとして、本多氏は「成功するには、人よりうまくやるか、人がやってないことをやるかのふたつしかない」と断言。そして、「(自分と何らかの要素の)かけ算で、人とは違う唯一無二の存在になれる」のだと、会場を訪れた未来のCMプランナーたちを激励していた。