国立情報学研究所(NII)は12月12日、盗撮やカメラの写りこみによるプライバシー侵害を、撮影された人物(被撮影者)側から防止する技術を開発したことを発表した。同成果はNII 越前功 准教授ならびに工学院大学 合志清一 教授らによるもの。

コンピュータ技術とネットワーク技術の発達により、カメラやGPSなどのセンサを内蔵した携帯端末などがいたるところで活用されるようになり、そこで撮影された映像に個人を特定可能なプライバシー情報も併せて映り込むこととなり、個人情報保護の観点などから懸念が生じている。

こうしたカメラへの写りこみがプライバシーの侵害につながる可能性について、すでに欧州などで指摘されており、カーネギーメロン大学(CMU)の実験では、実験のために写真撮影に同意した被験者のうち、約3割が公開されているSNS上の写真などの情報と比較することで、氏名が特定されたほか、被験者の趣味や社会保障番号の一部も判明してしまうケースがあることが報告されているほか、欧州連合(EU)ではSNSの顔認識機能によるプライバシー侵害を懸念し、欧州ユーザー向けにFacebookの顔認識を無効化させるよう要請を行っている。

研究の背景と従来のプライバシーを守るための技術

国立情報学研究所の越前功 准教授

越前准教授は、「カメラへのジオタグの埋め込みによる位置情報と、顔認識技術の向上により、何時、どこで、誰といたのか、本人が意識しないうちに撮影された画像から、プライバシーの侵害がされる可能性がでてきた。国内ではそれほど問題になっていないが、欧米ではそうした研究が実際に進められており、そこで実際にプライバシーが侵害される事案が生じてる可能性があることが示されている」とする。実際に日本でも自動販売機にカメラを搭載し、何歳くらいの男性(女性)が何時に何を買ったか、といった情報をマーケティングに活用しようという動きなども出てきている。また、「AppleのiGlassはまだ仕様が明らかになっていないが、Google Glassではカメラがメガネに搭載され、位置の分析や対面相手の分析などを行っている。こうしたAR技術が進展すると、例えばレストランに入って、周りが自分のことを知らないと思っていても、実はみんなが知られているということが一般人レベルでも起きる可能性がでてくる」と将来的には、さらにこうした問題が加速していく可能性があるとの見解を示す。

従来、こうしたカメラに写りこんだ被撮影者のプライバシー保護のためには、顔への着色や物理的に顔を隠すといった手法があったが、物理社会における人対人のコミュニケーションを妨げるものがほとんどであった。

今回、研究チームが開発した技術は、人間の視覚と撮像デバイスの分光感度特性の違いに着目し、撮像画像にだけノイズを載せることを可能とするデバイスを開発し、それを装着することで、顔検出(現在の主流であるViola-Jones法)を失敗させようというもの(顔検出技術に関しては、弊誌の連載「コンピュータビジョンのセカイ - 今そこにあるミライ」の第8回第9回第10回(Viola-Jones法による顔検出の説明回)第11回あたりを参照していただきたい)。

Viola-Jones法における検出を失敗させるためのポイントは、アルゴリズムで抽出される顔として認識される特徴をどうやってなくすかというところで、顔の凹凸などによりそれが顔であるという認識を判断することを逆手に、本来凹凸が生じているべき部分が生じていないという判定をさせれば良いこととなる。

顔検出と顔認識の違い。顔を検出するためには顔としての複数の特長を判別し、最終的に顔であると判定することとなる。この顔の特長を消してやれば顔という判断は機械的にはできなくなる

これを実現するべく、今回は11個の近赤外LED(ピーク波長870nm)をゴーグルに、できる限り、顔面上の違和感を少なくしつつ、ノイズとなるように設置して、実際にカメラが顔として認識しないかどうかの実験を行った。

開発されたプライバシーバイザーの概要。右の装着イメージではノイズありでバイザーのLEDが光っているように見えるが、赤外線なので肉眼では光っているように見えず、カメラだけが光っていることを認識する

実験方法としては、10人の評価者を用意。撮影距離としては1~22m、撮影角度0°/10°/20°のそれぞれのポイント(1m刻み)でOpenCVの顔検出ライブラリを用いて顔として検出されるかどうかの調査を行った(室内、建物内の廊下にて実施。照明は蛍光灯67.5lux)。

プライバシーバイザーを用いた評価実験の概要

顔検出の技術がどの程度のものであるかというと、例えば顔に何もつけない状態であれば、カメラから19mの距離であっても顔として検出され、正面(0°)では20m以上離れていても10人中7-8人は検出されるレベルである。ちなみに、サングラスをかければ顔として検出されないのではないかと思う人も居るだろうが、顔検出は目付近だけでなく、口周辺なども見て判定するため、多少、認識率は落ちるが、それでも20m超の距離で3-4人は顔であること、10m未満ともなればほぼ100%顔であることを認識する。本当にカメラに顔を認識されたくなければ、顔を何かで覆い隠すなどを行う必要があるのた。

サングラスをかける程度では最近の顔検出技術は騙されないため、プライバシーの保護にはならず、むしろ人間の目で見ても目立つ可能性もある

同ゴーグルをかけた場合、すべての距離、角度においてまったく顔が検出されないことが確認され、これによりカメラの顔検出によるプライバシー侵害を効果的に防止できる可能性が示されたこととなる。

また、こうした技術ができると、犯罪者が活用するのではないかという懸念が素人考えとして出てくるが、越前氏ならびに合志氏は、そうした点も考慮して開発していると述べている。

なお、顔検出と近赤外線とは直接的な関係があるわけではなく、人間の目には見えず、カメラのセンサが反応するということで今回のシステムに採用したに過ぎない。そのため、今後はこうした電源を用いて駆動させるような機構ではなく、顔としての特長を消せるような小型の装着具をアタッチメントでメガネなどにつけることで、顔検出を防ぐことができるようなものも開発していきたいとする。

プライバシーグラスはバッテリー含めて重要130g。稼働時間は現状のバッテリー容量で3時間程度ということで、常に外を歩いている人などでは、あまり現実的ではないということで、今後は電源を用いないバージョンの開発も進めるという。近い未来、100円ショップでアクセサリとして販売されるような世の中になるかもしれない

また、最大の問題としては日本では、プライバシーや個人情報という定義があいまいすぎて、どこまでがプライバシーなのか、という線引きが非常に難しく、今後はそうしたソフトウェア的な部分の定義に向けた行政などへの働きかけを行っていく必要性や、日常生活で知らぬ間にカメラ(防犯カメラ含む)で撮影されて個人が特定されてしまう危険性がある時代であるということを一般に向けて周知していく必要性もあると指摘しており、こうしたバイザーをつけるといった行為が「撮影しないで下さい」というシンボルになっていってくれれば、とコメントしている。

実際の顔検出のデモ。素顔であっても、サングラスをかけても顔をして認識される

左の画像、PCの上にあるのが顔検出用、というか普通に販売されているWebカメラ。右はプライバシーバイザーを装着した状態

左がプライバシーバイザーの電源がオフの状態。この状態だと顔だと認識された状態となっているが、右のように電源をオンにすると顔ではないとして検出されなくなることが分かる

プライバシーバイザーの外観。すべて市販品で作られており、材料費だけで言えば、近赤外線LEDが1個1000円程度、バイザーとバッテリーが数千円程度で、合計して2万円に届かないで作れたとのことであった