物質・材料研究機構(NIMS)は12月6日、純鉄の電子状態を実験的に測定し、磁気特性を表す物性値の1つである磁気モーメントが結晶粒界で上昇する現象を発見したほか、この磁気モーメントの上昇度が結晶粒界の構造によって変化することを明らかにしたと発表した。

同成果は、NIMS構造材料ユニットの井誠一郎 主任研究員と熊本大学 大学院自然科学研究科 産業創造工学専攻の連川貞弘教授のグループらによるもので、材料系速報誌「Scripta Materialia」オンライン版に掲載された。

結晶粒界は結晶方位が異なる結晶粒同士の界面であり、実用材料の多くである多結晶体には必然的に存在する2次元格子欠陥の1つだ。これまで結晶粒界は、結晶性材料の塑性変形を担う転位の運動に対する障害として、機械的特性との関係が多く研究されてきた一方、機能特性と結晶粒界の関係も多数報告されており、特に磁気特性についてはバルクハウゼンノイズや磁壁の移動と結晶粒界の相互作用が調べられ、粒界性格に応じてその作用が異なることが明らかにされていた。しかし、磁気特性を決める1つの物性値である磁気モーメント、特に粒界近傍の局所的な磁気モーメントについては、第一原理計算によってその上昇が予測されていたものの、測定の困難さから実験的な測定はほとんど行われてこなかった。

研究グループは、これまで透過型電子顕微鏡(TEM)およびエネルギー分散分光法(EDS)、電子線エネルギー損失分光法(EELS)などの周辺技術を用いて、結晶粒界や異相界面の原子構造解析および局所濃度分析などを調査してきた経緯があり、今回の研究では、電子線後方散乱回折によって粒界性格を予め決定した純鉄にTEM-EELS法を適用し、局所磁気モーメントを系統的に測定した。

純鉄の粒内、Σ3粒界、ランダム粒界から得られた鉄のEELSスペクトルを見てみると、EELSスペクトルの形状は、電子線を照射した極微小領域の電子状態、特に化学結合状態を示した。

今回の実験では、電子線を数nm程度に細く絞り、ナノスケールでの化学結合状態に関する結果を表した。一連のスペクトルにおいて、その形状は変化しておらず粒内と粒界で化学結合に違いはないことが判明した一方、磁気物性は、スペクトル中に認められる2つのピーク(ホワイトライン)の強度比から測定される。従来、ホワイトラインの強度比を求めることで、磁気モーメントとの相関関係を評価する手法が報告されていたが、今回の研究では、鉄以外の3d遷移金属におけるホワイトライン強度比の測定および第一原理計算との併用により検量線を修正後、得られた検量線に基づいて粒界直上の磁気モーメントを実験的に測定した。

局所磁気モーメントと粒界の相対方位差の関係を調べたところ、2.2μBと求められた粒内の磁気モーメントは、相対方位差の増加に伴い上昇し、45度近傍で最大2.6μBと約20%上昇することが判明したほか、40度近傍の相対方位差で磁気モーメントが減少することも明らかとなった。この磁気モーメントの減少が認められた方位差を有する粒界は、Σ9粒界と比較的整合性のよい粒界であり、磁気モーメントに粒界性格依存性が存在することも明らかとなった。

磁性材料は、ハイブリッド車などの先端科学技術を支える重要な基盤材料であり、磁気特性を決める重要な物性値の1つである磁気モーメントが粒界で上昇するという現象は、レアメタルに頼らずとも磁気特性を向上させるための材料組織設計指針に対する手がかりとなることが期待されると研究グループは説明する。また、鉄は代表的な構造材料であり、鉄合金および鉄鋼のバルク特性の向上を目指した微細組織制御において相変態が積極的に利用されること、さらに鉄の相変態は磁性と密接に関係していることから、それらの相変態機構の解明や、新たな機能発現を目指した材料組織設計にも新しい指針を与えるものと期待されるとしている。

純鉄の粒内、Σ3粒界、ランダム粒界から得られたFeのエネルギー損失分光スペクトル。図中のピークは高エネルギー損失側からそれぞれL2、L3端と呼ばれるピークで、これら2つのピークをまとめてホワイトラインと呼び、点線とプロファイルで囲まれたホワイトラインの面積を求め、その強度比を計算することで、磁気モーメントが測定できる

実験的に測定された局所磁気モーメントと粒界の相対方位差の関係