日本原子力研究開発機構(JAEA)は、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)の事故に由来する放射性セシウムの海底堆積物中での分布に影響を与える主要な因子を明らかにするため、茨城県北部沿岸に、水深26mから95mの9つの定点を設け、2011年6月から2012年8月まで5回にわたって堆積物試料を採取し、堆積物の深さ、粒径、存在形態別の放射性セシウム濃度を分析した結果、調査海域の海底への放射性セシウムの主な沈着は、事故後半年以内に起こったことなどを確認したと発表した。

同成果は、同 原子力基礎工学研究部門 環境動態研究グループの乙坂重嘉 研究副主幹らによるもので、詳細は学術誌「Environmental Monitoring and Assessment」オンライン版に掲載された。

日本政府などのモニタリング結果によって、福島第一原発の事故後の初期段階で福島近海に流入した放射性セシウムのうち、海水に溶けていた成分は拡散、希釈され、濃度は事故直後に比べて大きく減少していることが確認されている。しかしその一方で、堆積物中の放射性セシウムの濃度減少は遅く、今後の海洋環境への影響を予測する上で、海底に蓄積した放射性セシウムの量や、その沈着状況を正確に評価することが求められていた。

茨城県北部沿岸域には、放射性セシウムを含む海水が拡散しながら流入したと推測されており、文部科学省が実施している海底土モニタリングでも、同海域の観測点から放射性セシウムが検出され、事故から1年以上が経過した現在(2012年11月)でも、その濃度が変動していることも報告されている。

こうした堆積物中の放射性セシウム濃度の分布の成因を理解するには、堆積物中での深度分布や存在形態、堆積物の粒径等を考慮して、放射性セシウムの動態を解析する必要があることから、研究チームでは今回、茨城県北部、北茨城市から東海村の沿岸域に定点を設けて、放射性セシウムの濃度分布を調査し、堆積物への放射性セシウムの沈着状況と輸送過程の解析を行った。

調査は、福島第一原発の南70kmから110km、水深26~95mの海域における9つの定点にて、JAEAのモニタリング船「せいかい」により、2011年6月から2012年8月までの期間にて合計5回の調査が実施された。堆積物試料は、国などのモニタリングの基準層である上層(0~3cm層)に加えて、さらに下層(3~10cm層)まで採取、放射性セシウム濃度(134Csおよび137Cs)の分析が行われた。なお、放射性セシウムの移動のしやすさや沈着状況を解析するために、一部の堆積物試料については粒径別、存在形態別の分析も実施したという。

今回の研究で観測された調査海域。S1~9は今回の研究の観測点。NEXT10/11およびJ1は文部科学省による観測点

また、134Cs/137比は、半減期に応じた減衰によって調査時期ごとに異なるが、基準日に減衰補正した同比は、すべての試料について一定であったことから、半減期の長い137Csを重点的に調査。堆積物10cm深まで積算した1m2あたりの137Csの蓄積量と水深との関係を調べた結果、堆積物1m2あたりの137Csの蓄積量は、2012年1月時点で3.7kBqから27kBqで、水深の浅い観測点ほど大きく、2011年8月以降は、目立った変動は見られなかったという。この結果、調査海域の海底への放射性セシウムの沈着は、主に事故後半年以内に起こったと考えられるという結論に至ったとする。

堆積物10cm層まで積算した1m2あたりの137Cs存在量と水深との関係

海底堆積物中のセシウムは、

  1. イオン交換による表面吸着画分
  2. 有機物によって取り込まれる画分
  3. 鉱物の結晶に強く沈着する画分

の3つで構成される。1はイオン交換性の試薬、2は酸化性の試薬を用いて段階的に抽出することが可能であり、調査海域を代表する2つの堆積物試料について、 1から3の各画分に含まれる137Csの存在割合を調べたところ、堆積物中の137Csの多くは、浅海域、沖合海域のいずれにおいても、鉱物粒子に強く沈着しており、海水には再溶出しにくいことが判明した。

この結果、堆積物中の放射性セシウムが、海底付近の海水中の濃度を急激に変化させる可能性は低いため、新たな対策を要する状況ではないが、長期にわたってその量を維持しうるため、その分布を継続的に監視する必要があることが示唆されという。

堆積物中の137Csの存在形態別の割合

また、水深50m未満の浅海域では、137Csの多くが3cm以深の堆積物下層に存在していることが確認された。浅海域の堆積物は主に砂や礫で構成されており、沖合海域に比べて空隙が多いため、

  1. 高い濃度のセシウムを含む海水が堆積物の間隙を経て下層の堆積物と作用する
  2. 放射性セシウムを含む微小粒子が堆積物の空隙に取り込まれる
  3. 底生生物が堆積物内部を移動する

といった過程を経て、放射性セシウムが効果的に堆積物深部に運ばれ、蓄積したと考えられるという。さらに沖合海域では、放射性セシウムは主に堆積物上層に存在しており、放射性セシウムの堆積物深部への移動性は浅海域に比べて低いことが判明した。

堆積物中の137Cs蓄積量に占める上層(0~3cm)への蓄積割合。水深が浅いと、137Csは堆積物の上層部(0~3cm)に比べより深部(3~10cm)に多く存在している

堆積物上層(0-3cm層)における137Cs濃度の水平分布を調べたところ、全体として減少傾向が示されたが、浅海域の一部の観測点では、一時的な変動が見られたという

堆積物上層(0~3cm層)における137Cs濃度の水平分布

浅海域と沖合海域の代表的な観測点(観測点S4/S5)において、堆積物試料を75μmのふるいで分け、137Cs濃度を粒径別に測定したところ、浅海域では、堆積物の多くは大径粒子で構成されていたが、そこに少量含まれる小径粒子は、大径粒子に比べて数倍高い137Cs濃度を持つ場合があることが判明。この堆積物中に占める小径粒子の割合は、沖合海域では30~50%程度だが、浅海域では1~60%の範囲で大きく変動しており、これについて研究チームでは、浅海域の海底付近では、これらの小径粒子を移動させるのに十分な強さの流れが存在し、放射性セシウムを取り込んだ小径粒子がこの流れに伴って移動と滞留を繰り返すことによって、堆積物上層での放射性セシウム濃度が変動したと推測されるとの見方を示している。

沿岸堆積物中の137Cs濃度と粒径との関係(試料の採取日は2011年8月23日)

なお、今回の放射性セシウム濃度の測定値は、文部科学省の海域モニタリングによる測定値とも整合しており、研究チームでは、今回明らかとなった放射性セシウムの海底堆積物への沈着状況と輸送過程を、放射性核種移行予測モデルに適用することで、海底に沈着した放射性核種濃度の将来予測に役立たせる予定としている。

堆積物(0~3cm層)に占める小径粒子の割合と水深との関係。浅海域(観測点S1~4)では、沖合海域(S5~8)に比べて小粒子割合の変動が大きいことが見て取れる

海底堆積物中の放射性セシウム濃度の変動要因