物質・材料研究機構(NIMS)は、磁性体中の非磁性原子を他の原子に置換することによって磁気特性と誘電特性が大きく制御できることを発見したと発表した。

同成果は、NIMS 量子ビームユニット 中性子散乱グループ 寺田典樹主任研究員、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 辻本吉廣MANA研究者らのよるもの。英国のラザフォード・アップルトン研究所、オックスフォード大学と共同で行われた。詳細は、米国物理学会の速報誌「Physical Review Letters」に掲載される予定。

2003年に、ある種の磁性体に磁場を加えることによって誘電分極が操作できることが、ペロブスカイト型マンガン酸化物において発見された。この種の磁性誘電体は、マルチフェロイクスと呼ばれ、従来型の磁性体、誘電体のような磁場による磁化、電場による誘電分極の制御ではなく、磁場による誘電分極、電場による磁化が制御できることから、新しいタイプの記憶メモリデバイスやエネルギー変換デバイスへの応用が期待されている。例えば、電場印加によって磁石の磁化の方向を制御できると、新しい磁気的な不揮発性メモリ開発が考えられる。あるいは、磁場印加によって、電気容量の大きさがコントロールできると非接触で電気エネルギーを蓄えることができる。

2003年の発見以来、室温以上で大きな強誘電分極を持ったマルチフェロイクス材料の開発が世界中で行われてきたが、室温で機能する六方晶フェライトを除き、室温以上で機能するマルチフェロイクス材料は発見されていない。これまでの研究において、マルチフェロイクス材料における強誘電分極の原因は、磁性体内のスピンが一定の方向を向かないノンコリニア磁気秩序であることがわかっていた。また、ノンコリニア磁気秩序を引き起こす要因として、スピン間に働く複数の反強磁性的交換相互作用が競合するフラストレーション効果が重要であることが指摘されてきた。フラストレーションを制御する方法として、強い磁場や磁性イオンの置換(一部置換)が行われ、強誘電分極を持たない磁性体がこれらの効果によって、強誘電分極を発現する材料が報告されていた。

図1 隣り合ったスピンを互いに反対を向かせる交換相互作用(反強磁性的交換相互作用)が働き、スピンを持つ磁性原子が三角格子を形成した場合。スピン1とスピン2が反対を向いた場合に、スピン3はどちらも向くことができないフラストレーションが生じる(左)。フラストレーションが生じる三角格子反強磁性体では、部分的にフラストレーションを解消するために各原子上のスピンが異なる方向を向くことがあり、これが強誘電分極の原因となる場合がある(右)

研究グループでは、フラストレーション効果が期待される三角格子反強磁性体として知られているデラフォサイト型酸化物AFeO2(A=Cu,Ag)に着目した。AサイトがCuの材料に関しては、これまで磁性や誘電性に関しては良く調査されており、ゼロ磁場下ではマルチフェロイクス特性を示さないことが知られていた。この物質は、強磁場下で強誘電分極が現れることはすでに知られていて、鉄スピンの磁気秩序がマルチフェロイクス特性の原因とされている。図1に示したように、磁性体にフラストレーションが生じると時にスピン構造がある一定の角度をもって長周期に秩序化するノンコリニア構造が現れることがあり、このスピン秩序が強誘電性の原因となる空間反転対称性の消失を引き起こすことがある。CuFeO2は図2の上図に示したように、コリニア構造を持つため強誘電性は現れない。

図2 三角格子反強磁性体CuFeO2の磁気構造。すべてのスピンが三角格子に垂直方向を向くコリニア磁気構造(左)。AgFeO2の磁気構造。隣り合ったスピンが互いに一定の角度で回転し、長周期の磁気秩序を形成しているサイクロイド磁気構造(右)。非磁性イオンを銅イオンから銀イオンに置き換えることによって、磁気構造を変化させ、強誘電状態が実現する

今回研究グループは、マルチフェロイクス特性とはあまり関係ないと考えられていたAサイトの非磁性Cuイオンを他の非磁性Agイオンに置換することで、フラストレーション効果を制御できると考えた。これまでの研究では、AgFeO2の良質な試料の合成は困難だったが今回、NIMSの超高圧合成装置を用いて不純物の少ないAgFeO2の良質な試料の合成に成功。同試料を用いて、マルチフェロイクス特性を調べるために誘電分極測定を行い、磁気相転移温度と同じ温度で、強誘電分極が発現することを発見した。

図3 AgFeO2のサイクロイド磁気秩序(赤)とCuFeO2のコリニア磁気秩序(黒)に対応した中性子回折強度の温度依存性(上)。AgFeO2およびCuFeO2の電気分極の温度依存性(下)。AgFeO2において、サイクロイド磁気秩序に対応した中性子回折強度と強誘電分極の発現が対応している

また、この強誘電分極のメカニズムを調べるためのスピン構造解析を、英国のラザフォード・アップルトン研究所のパルス中性子施設ISISの冷中性子回折装置WISHを用いて行った結果、図2の下図に示したようなサイクロイド磁気構造が成り立っていることが判明した。さらに、この磁気構造がm1'という磁気点群に属することを見出したことから、AgFeO2の強誘電分極の方向がスピンの伝播する方向に垂直の方向であることを予想することができたという。

これまでのマルチフェロイクスの研究において、磁場や磁性イオンの元素置換による誘電分極の操作は報告されていたが、今回の研究成果のユニークな点は、磁性の起源となっているFeイオンに何ら操作することなく、これまであまり重要視されていなかった非磁性イオンを別の非磁性イオンに置換するだけで、マルチフェロイク特性(誘電分極)を劇的に改善した点にある。そのため研究グループでは、AgFeO2自体の強誘電性は、9K以下という低温でしか発現しないため、すぐに実用に直結するわけではないが、材料探索に新しい指針を与えることで、室温動作するマルチフェロイック材料探索に新しい側面を与えるとともに、次世代大容量記憶メモリ、エネルギー変換デバイス開発に寄与することが期待できるとコメントしている。