Digital Research製の「TOS」

分社化したAtari CorpはTime Warnerの子会社ではありません。Commodore(コモドール)という企業の創業者であるJack Tramiel(ジャック・トラミエル)氏が社内動乱の末に同社を退社した際、同時に多くのエンジニアを引き抜いて、新たにTramel Technology(トラメル・テクノロジー)社を設立しました。同氏は事業を拡大するためにAtari Corpも買収。この時点で社名をTramel TechnologyからAtari Corpに変更しました。そして世に送り出したのが、Atari ST(Atari 520ST)なのです。

1984年秋から開発が始まったAtari STは、Commodore出身のエンジニアが多数かかわっており、有名所ではShiraz Shivji(シラズ・シブジ)氏などが参加していました。当時としては野心的なハードウェアで、Motorola(モトローラ)製プロセッサであるMC68000を搭載し、MIDIを標準サポートしたのもAtari STが初めて。また、本稿の主題であるOS面でも先進的で、初めてビットマップカラーのGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を搭載しています。ちなみにハードウェア名である"ST"は、"Sixteen/Thirty-two"の略で16ビットコンピューターと続く32ビットコンピューターをつなぐ意味を持たせたかったのでしょう。

それでは、OSの話に取りかかりましょう。Atari STはDigital Research(デジタルリサーチ)が開発したOSを搭載しています。当初OSは社内開発する予定だったそうですが、ヒューマンリソースの問題から他社から購入することにしたのでしょう。そこでAtariがコンタクトを取ったのがCP/Mで有名なDigital Researchです。当時の同社はIntel系プラットフォームのOSを開発していたため、MC68000を搭載するAtari ST上で動作させるには、移植チームを組まなくてはなりません。

そこでAtariは自社社員とDigital Researchの開発者が混在した"Monterey Team"を作り、新OSの開発にチャレンジしていました。しかし、開発期間の問題でなかなか完成には至りません。そこで目を付けたのが、同社が開発中だったGEM(Graphical Environment Manager)です。同社のOSであるCP/MやDR-DOS向けGUI環境としてリリースしたGEMを端的に述べれば、MS-DOS+Windows OS≒CP/M(GEMDOS)+GEMのような関係にあります。このGEMをAtari STに搭載させるため、CUI型OSであるGEMDOSの移植も一緒に行われました(図03)。

図03 TOS 1のデスクトップ。「ATARI CORP」と「Digital Research」の名が並んでいます

これらの環境をひとまとめにしたのがTOS(The Operating System)です。一般的なデスクトップとGUIを提供するGEMには、アプリケーション環境サービスや画面用ドライバーのみですが仮想デバイスインターフェースを備え、当時としてはなかなか充実した機能を備えていました。また、OS部分は前述のとおりGEMDOSを備えつつも、グラフィックデバイスの操作システムであるGDOSや、HDD(ハードディスクドライブ)のインターフェースとなるAHDIといった別売りの拡張機能も用意されています。

完全なマルチタスクは実現できませんでしたが、各デスクトップアクセサリーを常駐させる機能が備わっているため、Windows 3.0当時と同じ擬似的なマルチタスク処理は可能でした。このように比較的先進的だったTOSのバージョンアップは続き、最終的にはバージョン4.9xまで開発されています(図04)。

図04 デスクトップ解像度と配色を変更したTOS 2。昔のMac OSに何となく似ています

その後Atari STはハードウェアの強化を繰り返しながら、数々のモデルを発表していきますが、1993年に発売した家庭用ゲーム機器Jagger(ジャガー)にリソースを集約させるため、Atari STシリーズの市場撤退を発表しました。そのため、現在ではTOSの入手は事実上困難ですが、いくつかのAtariコミュニティのなかで生まれたのがEmuTOS。文字どおりTOSのフリー版であり、現在でもオープンソースベースで開発が続けられています。

すべての機能を再現するのが目的ではなく、残されたAtari用ソフトウェアの稼働を目的とし、Steemなどエミュレーター上で使用することを意図しているとか。本稿ではエミュレーターの使用方法について割愛しますが、興味のある方は是非お試しください(図05~07)。

図05 Windows OS上で動作するAtari STエミュレーター「Steem」の公式サイト。GEM風のデザインで構成されています

図06 EmuTOSのスタートアップ画面。アスキーアートによるロゴが独特の雰囲気を醸し出しています

図07 EmuTOSから起動したGEM風の環境。アイコンデザインなどは異なりますが、基本操作は同じです