理化学研究所(理研)は、新しいn型有機半導体として注目されているフッ化フラーレン(C60F36)分子を、電極材料である金(Au)の単結晶上に均一かつ単分子の厚さの膜で形成することに成功し、その膜が化学的に安定したn型の性質を維持することを発見した。同成果は、理研基幹研究所 Kim表面界面科学研究室の清水智子基礎科学特別研究員、ジョン ジェフン(鄭載勲)特別研究員、大谷徹也研修生、キム ユウス(金有洙)准主任研究員、東京大学新領域創成学科の川合眞紀教授、韓国基礎科学支援研究院のハン ヨンギュー(韓榮圭)責任研究員らの研究グループによるもので、米国の科学雑誌「ACS Nano」に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月13日付け)に掲載された。

現在、電子デバイスや光デバイス材料ではシリコンなどの無機半導体デバイスが主流だが、種類や性質の多様性、柔軟性、プロセスの簡便性といった要望の高まりで、有機分子を用いた太陽電池や電界効果トランジスタ(FET)といった有機半導体デバイスの開発が盛んに行われている。しかし、実用化のためにはいくつか課題があり、その1つに、ホール(プラス電荷)を輸送するp型有機半導体は数多くある一方で、電子(マイナス電荷)を輸送するn型有機半導体の種類が格段に少ないことが挙げられる。これは、一般に有機分子は電子を他の材料に与えやすいため、自分は電子を失ってホールを輸送しやすいからで、逆に電子を受け取りやすく、電子を輸送しやすいn型では、フラーレンC60がほぼ独占的に使用されている状況となっている。

また、数種類の異なる材料を何層も積み重ねた構造を持つ有機薄膜デバイスでは、層界面を通り抜ける電荷の種類や通り易さを制御することが重要だ。たとえ狙い通りの性質の分子を合成できても、電極や他の分子層と接触させると同時に分子の性質が変化してしまうことがある。特に、電極として用いる金属には、大気中でも化学的に安定なものが好ましいが、それら金属は仕事関数が大きく、電子を分子から非常に受け取りやすいため、フラーレンC60でもn型を維持できないことが問題であった。そこで、デバイス性能を向上させるためには、フラーレンC60よりも強く電子を引っ張る性質の分子を見いだすことが求められていた。

図1 有機薄膜デバイスの構造の一例。さまざまな構造が提案されているが、これは有機薄膜太陽電池の一例。電子輸送層(橙)にはn型有機半導体(または無機材料)、ホール輸送層(青)にはp型有機半導体、活性層(緑)にはn型とp型両方の有機半導体が必要になる。今回は、一番上の金属電極(黄色)に金を、n型半導体にフッ化フラーレン(C60F36)を想定している

研究グループでは、フラーレンC60に電子を引き付ける能力の高いフッ素原子(F)を36個付けたフッ化フラーレン(C60F36)に着目し、同物質が、化学的に安定な電極材料である金の表面でどういう膜を形成し、実際にn型の性質を維持するかどうかの調査を行った。

まず、金の単結晶表面上にフッ化フラーレンを真空内で蒸着し、原子レベルの空間分解能をもつ走査トンネル顕微鏡(STM)で、金と界面をなす分子膜1層目の構造を観察した。その結果、室温では分子は規則正しく密に並んでいるものの、それぞれの分子の向きはバラバラで電気的に不均一なこと、そのためデバイスとして良い性能を期待できないことが分かった。そこで、試料を100℃程度に加熱し、分子に十分なエネルギーを与えたところ、全ての分子が同じ方向を向き、電気的に均一な膜を形成することが分かった。

図2 金単結晶上のフッ化フラーレンの均一単分子膜
(a) STM像。金単結晶(右側)にフッ化フラーレンC60F36の均一単分子膜(左側の島)が蒸着されている様子
(b) 上から見たモデル図
(c) 1分子を横から見たモデル図
黄色:基板の金格子、赤:フェニル環、青:炭素2重結合、緑:金と接している3個のフッ素、紫:その他のフッ素

この均一膜の形成メカニズムを解明するため、理研のスーパーコンピュータシステム「RICC(RIKEN Integrated Cluster of Clusters)」を利用して、第一原理電子状態計算を実施したところ、フッ化フラーレンは金電極表面に吸着すると電子を金から引っ張ること、引っ張られた電子は空間的に偏りを持った分子の最低被占有分子軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital: LUMO)に入るため、LUMOが分布している側の3個のフッ素を介して金に接して吸着すること、さらに、フッ化フラーレンを構成するフッ素部分はマイナスに、フェニル環はプラスに帯電していることが判明した。この状態で十分な熱を与えると、分子間でプラスとマイナスが最も引き合うように分子が自己組織化し、全ての分子が同じ方向を向いた均一な単分子膜になることが分かった。

さらに、走査トンネル分光(STS)法で電子状態を調べた結果、バンドギャップが5.6eVと通常の有機半導体分子が示す1~3eVよりも大きいこと、ホールが膜に流れ込む可能性が低い完全なn型として機能することが分かり、有機半導体デバイスにおける電子輸送層として使用できることが示唆された。

図3 金単結晶上のフッ化フラーレンの均一な単分子膜の電子状態。
(a) STSの測定結果。横軸のゼロがフェルミ準位(EF)、それよりプラス方向が被占有状態、マイナス方向が占有状態に対応する
(b) 測定結果から構築したエネルギー状態図。接触により金基板からC60F36膜に電子が移動したため、金がわずかにプラスに、分子膜がわずかにマイナスに帯電している

なお、研究グループでは今回の成果について、今後、有機半導体デバイスの高性能・高機能化に向けて、材料選択や分子合成の指針を与えられるものとの期待を示している。