東京大学 大学院工学系研究科付属 量子相エレクトロニクス研究センターの川崎雅司教授(兼 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 連携教授)と、東北大学大学院総合文化研究科の上野和紀准教授らは、材料の電気の流れやすさを電圧によって制御する電界効果を用いた独創的な材料開発手法により、新しい超伝導材料を発見したことを発表した。同成果は、東北大学原子分子材料科学研究機構、同大学院理学研究科の協力によるもので、英国科学雑誌「Nature Nanotechnology」(オンライン版)にて公開された。

超伝導は約100年前に発見され、さまざまな分野で活用されてきた。これまでの超伝導材料開発では、主に2つの手法が用いられてきた。

図1 さまざまな超伝導体の超伝導転移温度。水銀(Hg)での発見以降、合金系ではNb3Snなど多くの超伝導体が発見され、2001年には40Kで超伝導となるMgB2も発見されている。一方、化学ドーピング法によって発見された銅酸化物高温超伝導体は、液体窒素の沸点を超える高い温度まで超伝導になる。最近では東京工業大学の細野教授らによってLaFeOAsなど鉄系超伝導体が注目されている。今回の研究で電界効果によってKTaO3という新しい超伝導体が開発された(図中の★印)ことにより今後、より高い温度で超伝導になる新材料の開発が期待されるようになった

1つめは1911年の水銀での超伝導の発見以降の金属同士を混ぜ合わせる冶金学的な手法。2つ目は、絶縁体の母材に不純物を混ぜるという化学的な手法(化学ドーピング法)で、これにより超伝導体の研究が進み、超伝導転移温度が液体窒素の沸点である-196℃を越える銅酸化物高温超伝導体が1986年に発見された。銅酸化物では絶縁体に不純物を混ぜることで、銅原子1つあたり0.1個以上という伝導キャリアを生み出し、超伝導を作り出す。銅酸化物高温超伝導体の発見以降も、化学ドーピング法により新しい超伝導材料が開発されてきたが、こちらも超伝導転移温度の更新には成功していなかった。

そこで研究グループでは、物質の開発法そのものの革新が必要と考え、第3の手法の開発を目指した。これは、絶縁体の母材に電気を流す伝導キャリアを作り出すために、化学ドーピング法ではなく電界効果を用いる手法で、電界効果は、図2に示されるように半導体を用いたトランジスタとして実用化しており、半導体と金属電極の間に絶縁体を挟んでコンデンサを形成し、その両者の間に電圧をかけることで半導体の表面に伝導キャリアを蓄積し、半導体の電気伝導性を大きく変化することが可能である。

図2 電界効果トランジスタと電気二重層トランジスタの構造。電界効果トランジスタは、半導体(赤い部分)とゲート電極がゲート絶縁層をサンドイッチしたコンデンサの構造を持っており、ゲート電極に電圧をかけるとコンデンサに充電される。その結果、半導体表面に蓄積した電荷が伝導キャリアとして振る舞い、ソースとドレインの間に電気伝導が起きる。電気二重層トランジスタではゲート絶縁層として陽イオンと陰イオンで作られたイオン液体を用いており、半導体とイオン液体の間、ゲート電極とイオン液体の間にイオンが集まって電気二重層を生成することで、莫大な量の伝導キャリアが半導体表面に蓄積する

しかし、通常のコンデンサで蓄積できる伝導キャリアの濃度は超伝導を起こすために必要な濃度の10分の1以下であるため、研究グループでは、150年前に発見された電気二重層という究極の自発的ナノ構造をコンデンサに用いることで、伝導キャリア濃度の限界を突破できると考えた。

具体的には、従来のトランジスタの絶縁体の部分にイオン液体を採用した。

この構造のトランジスタのゲート電極と絶縁体の間に正の電圧をかけると、イオン液体中の陽イオンが絶縁体表面に押しつけられ、絶縁体の表面には伝導キャリアとして電子が蓄積される。この陽イオンの層と電子の層の対を電気二重層と呼び、その層間の距離は1mm程度となり、この結果、電気二重層のコンデンサとしての容量が大きくなり、高密度の電子を蓄積できるようになる。

結果として、絶縁体母体に取り付けた2つの電極の間には電気を流すことができる。同電気二重層トランジスタは2005年に同研究グループのメンバーである東京大学 大学院工学系研究科の岩佐義宏教授によって発明されている。

絶縁体母体として今回、タンタル酸カリウムを選択。タンタル酸カリウムは全く電気を流さない透明な材料で、化学的に非常に安定なために化学ドーピングが難しく、不純物を1%程度しか混ぜることができない。そのため、不純物を混ぜて電気が流れる金属状態は実現できるものの、超伝導にすることは不可能であった。

しかし、電気二重層トランジスタを用いてタンタル酸カリウムに電子を蓄積したところ、5Vの電圧をゲート電極にかけることで、タンタル酸カリウム1格子あたり0.1個程度と、これまで同物質に化学ドープできる限界を10倍上回る高濃度の伝導キャリアを蓄積できることが確認され、この状態で温度を下げると、絶対温度0.05Kで抵抗が急激に減少し、ゼロ抵抗となる超伝導が観察された。

図3 タンタル酸カリウムの超伝導。0.05K付近で急激に電気抵抗が低下し、ゼロ抵抗の超伝導状態へ転移する

電界効果トランジスタでは、半導体表面の伝導キャリア濃度がゲート電圧に比例して増加する特徴があるが、電気二重層トランジスタで、ゲート電圧を変化させて抵抗を測定したところ同様の特徴が確認できたという。ゲート電圧が4.0V以下では、測定できる最低温の絶対温度0.02Kまで超伝導は出現せず、ゲート電圧が4.5V以上で超伝導が観察された。

図4 ゲート電圧による状態変化。伝導キャリアの量はゲート電圧に比例する。ゲート電圧が小さい(伝導キャリアの量が少ない)際は、最低温までゼロ抵抗にならない金属状態。一方、ゲート電圧4.5V以上の伝導キャリアが多量にある状態ではゼロ抵抗の超伝導状態が実現する

このことから、化学ドーピング法では超伝導に必要な伝導キャリア濃度の10分の1しか導入できず、電界効果による高濃度の伝導キャリア蓄積によって初めて超伝導の発現に成功したと推測されると研究グループでは説明している。

今回の研究では、電気二重層トランジスタを用いて、化学ドーピング法の限界を超える濃度の伝導キャリアを絶縁体母体表面に蓄積し、超伝導を発見した。これにより、電気二重層トランジスタを用いた電界効果が超伝導材料開発の第3の手法になりうることが実証されたこととなる。

これまで多数の超伝導材料が化学ドーピング法で発見されたが、化学ドーピングが困難なために超伝導になるか不明な材料も多数存在しており、今回の手法を用いることで、そうした材料も用いることができるようになる可能性が出てきたことから超伝導材料開発への材料選択の幅が大きく広がったことが示されたこととなる。そのため、研究グループでは、今回発見した超伝導転移温度は絶対温度0.05Kと非常に低温であるものの、今後、より高温で超伝導となる材料の開発に結びつくものと期待されるとしている。