生成AIが我々の仕事や生活を大きく変えることが予想される。そんな中、問われるのは人間らしさだ。ではデータを扱う人が涵養すべき素養とは何か。

5月27~28日に開催された「TECH+ フォーラム データサイエンス 2024 May データ駆動型経営と変革の本質」で、大妻女子大学 データサイエンス学部設置準備室 教授の小野陽子氏が考えを語った。

データサイエンス教育で重要なのは課題設定力

小野氏はまず、生成AIについて「その登場により前提条件が大きく変わった。ゲームチェンジャーであることは疑いない」と話す。2月14日、スタンフォード大学で開催されたシンポジウム「The Human Rights Dimensions of Generative AI: Guiding the Way Forward」では、「急速な進化により、一般市民、政策立案者が追いつくことが事実上困難」「国連は人権侵害が起こりやすい分野でのAI使用を一時停止するよう求めているが、これらの分野こそ進歩が最も速い」といった問題点が挙がったという。

では、ゲームチェンジの時代に、我々はどうすれば良いのか。同氏は日本の現在地として、国際経営開発研究所(IMD)が公開する世界デジタル競争力ランキングで63カ国中32位と過去最低を記録したことを紹介した。そして、日本の経営者層が挙げた日本の強みの中に「高い教育水準」が入っていることを指摘しながら、「幻想、もしくは思い込みではないのか」と問う。

さらに小野氏は、情報とデータサイエンス教育の短い歴史を紹介した。日本では2017年、滋賀大学などでデータサイエンス学部が設立されている。2020年には小学校でプログラミング教育が始まり、2025年1月以降の共通テストでは「情報I」が入ることになっている。

これに対応するかたちで、数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムがまとめた「数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラム」では、「データ思考の涵養」が重要だと記された。小野氏はこれを「データを基に事象を適切に捉えて分析・説明できる力の習得」だとした上で、「課題設定力こそ大切」だと自身の考えを話す。

  • 数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムが提示する考え方

「課題設定力なしにはただのデータ分析屋にすぎません。それがデータサイエンティストと言えるのでしょうか」(小野氏)

文部科学省は「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」で、日本の大学では2023年8月時点で数理・データサイエンス・AIのリテラシーとして382件、応用基礎では147件を採択している。また「情報I」必修化に伴い、高校生も情報デザイン、デジタル、ネットワーク、プログラミング、問題解決など多岐に渡って履修しなければならない。このような現状を指摘しながら、小野氏は「あれもこれもと積み上げたスキル偏重の教育になっていないだろうか」と指摘した。

「プログラミングが大切というのではなく、何を解決したいのかを打ち出す力が必要なのです。アカデミアの立場としては、スキル教育だけでなく、未来に必要なビジョンを涵養することが重要だと考えています。そのようなことを入れていかなければ、人材教育が立ち行かなくなるのではないでしょうか」(小野氏)

データサイエンス教育の多様性とは

小野氏は次に、データサイエンスにおける多様性、包摂性について話した。

ダンスパーティに例えると、パーティに招く人の属性が多様であるという事実がダイバーシティ、ダンスに誘われるなど属性が排除されない状況や行動がインクルージョンとなる。だが本来は、その先まで進めなければならない。事実と行動を踏まえた感情による結果として「エクイティ(公平さ)」「インテグリティ(誠実さ)」「ビロンギング(帰属性)」がある状態だ。

「安心していられることが求められています。データサイエンスの技術がどのように及ぶか考える必要があるのではないでしょうか。社会展開された時に守られるものは何かを考えることが重要なのです」(小野氏)

そこでのキーワードとして同氏は、他人の感情や経験を理解する能力としての「エンパシー」を挙げた。

そして、女子学生枠を増やすような「とりあえず女性を入れる」ことで多様性のあるメンバーグループになるのか、マジョリティであることに安心し、自分の考えや行動を忘れていないかと続けた。

同氏はこれらの点を挙げながら、データサイエンス教育における多様性として、世界標準=正解を目指すだけの教育から脱却し、多様で柔軟な思考を涵養する教育の在り方を検討する必要があるとまとめた。

その上で、今後の高等教育としてのデータサイエンス教育に求められるものに、以下の5つを挙げた。

  • 1.分析的・構造的に文章や話を理解し、課題を洗い出す力
  • 2.理論的かつ建設的に考え、構成する能力
  • 3.明確かつ力強く自分の考えを表現、伝達する能力
  • 4.エンパシーとコンパッション(人に気付きを与え寄り添う能力)
  • 5.変化に対応できるビジョン構想力
  • データサイエンス3.0はエンパシーとコンパッションが必要

    このような状況認識から、小野氏が取り組んでいるのが「Data Science for NextGen-J」だ。これは、女性のデータサイエンス人材育成の対象を、小学生、中学生、高校生など次世代(NextGen)に広げるものである。

    ここで同氏はシンガポールの取り組み「SkillsFuture Singapore」を紹介した。40歳以上の国民に4000シンガポールドルを支給してキャリア育成をするというプログラムで、「アップスキル、リスキル、そして40歳以上の人が20歳の人が学ぶ場に交わることで、相乗効果が生まれる」とその狙いを解説する。日本にそのまま持ってくるのは難しいが、「企業や自治体単位など小さなグループで考えるところが出てくれば、新しい動きになるのではないか」と述べた。

    これからのデータサイエンス教育はどう在るべきか。小野氏は、これまでの流れとして、内在的、ディシプリン内の価値向上などの特徴を持つ”モード1”に対し、外在的、新しい価値の創造などの特徴を持つ”モード2”がデータサイエンス学だと言われてきたと説明。現在は”モード3”が提唱されるなど、データサイエンス教育は「モード2を超えた先にあるもの」に進みつつあるという。そこで必要になるのは、エンパシーとコンパッションによる包摂性だと改めて説いた。

    最後に同氏は、「データサイエンスは一般教養ではなく、現代のリベラルアーツ。つまり、自由に生きるための知識や技術を身につける基盤的教養と言える」と述べ、「そのために私たちは自分の物語(ナラティブ)、自分自身の物語の主人公として考え続けなければならない」と続けた。

    「データサイエンス3.0として、データによる価値創造を自分ごととして考えることが重要になります。そのためにはスキル教育だけではなくデータに基礎を置いたビジョンを考えることができる素養を持つ人間を育てることが大切なのです」(小野氏)