リアリティを追求

この作品では場面のほとんどが高校の中だ。そのため、校舎を借り続けられる場所があるかどうかが大きな課題でもあった。しかし、偶然、足利で廃校直後のきれいな校舎を見つけることができ、ロケ地もすんなり決定したという(廃校して1年以上たった校舎は、映画『クローズ』に出てくる校舎のように荒れてしまうのだとのこと)。「ロケの場合は街の空気感が最も大切です。ここ(足利)は、原作そのままではないのですが、人口16万くらいの、高校を卒業すると東京に出たり、地元に残ったりしてクラスメイトがばらばらになる中間都市、というイメージにぴったりでした」

この足利にほぼ40日間泊まり込んで撮影が行われた。"映画はひとつの大きな嘘をつくためにリアリティで埋めていく作業"とは監督の言葉だが、原作が持つ甘酸っぱさや切なさを描くため、徹底して表現のリアリティにこだわった。キャストにも演技力に定評のある多部未華子と三浦春馬を据えたが、それだけでは監督がイメージするものには足りない。「街と同じくらい教室の空気感も重要だと考えていました。ですから、主演のふたりの周りにいる吉田千鶴や真田龍、胡桃沢梅役のオーディションも100人以上、ひとりずつ20分ほど時間をかけてテストしています。クラスメイトも300人以上の中から演技テストをして選びました。セリフがない人もみんな、毎回練習にきちんと参加してもらっていましたね」

参考資料の中には、クラスメイト個々の衣装が設定されたシートもあり、そうした細部の設定もリアリティを出すポイントと言えよう。

コミュニケーションを映画に活かす

さらに、人間同士の描写や空気感を濃くするためには、前述のロケ地での泊まり込みも重要な要素となったようだ。「原作は友情を描いたストーリーですが、短い撮影期間だとリアルな友達らしさが出しにくい部分があったんです。そこで、朝から夜は撮影、それ以降はロケ現場での教室で練習、さらに休憩時間はみんなでお菓子を食べ、夜は一緒に寝泊まりする。そんな風にみんなが共に過ごすことで、リアルな関係性を築けるように工夫しました。その結果、カメラに映らない場所で一生懸命芝居をする人たちを見て、メインキャストたちも『もっとがんばろう』という気持ちを引き出されたりして。人対人のいい相乗効果が生まれていたと思います」

見えない部分での人間同士の友情や思いやりが影響していることを強く感じたという監督。特別講座の最後、学生からの「監督になる上で大事なことは」という質問にも、作品の内容に触れながらもコミュニケーションの大切さを強く伝えていた。「想いがないと映画は作れないし、想いがあっても伝えられなければ、ものは作れません。実は人の想いってそんなに簡単には届かないものなんです。映画制作ではさすがに期限があるので言わなくてもわかってくれるスタッフを探しますが、そんな人たちでさえ、言葉が足りないと誤解が起こったりします。それは映画も生活も同じです。特に監督になりたいならば、自分の思いや考えを言葉にして何度も伝えることができないと難しいと思います。コミュニケーションを取ることは、普段の生活でも心がけてほしいですね」

第一線で活躍するプロでありながら、先輩と呼びたくなるような親しみがあった熊澤監督。暖かさと熱意に満ちた、約90分間の講義だった。