技術だけでなく、表現にもこだわる

――佐藤さんのような意識や危機感を、現状に対して持っている漫画家さんはあまりいないのではないでしょうか?

佐藤「そうですね。取材にしても、収入の事にしても、(出版社に)お膳立てされてやって貰うのは楽だけど、それが特権みたいになってしまうと実感が持てないんですよ。作品のための取材にしても、もっと苦労して自分でやったほうが色々な物が見えるような気がするんですよ。漫画家さんはプロになったら色々なステージが用意されていると勘違いしている人が多い。みんな、自分でやればいいのになと思います」

――佐藤さんがそういう意識になった理由は何なのでしょうか?

佐藤「描かされてる感覚があまり好きじゃないんですよね。自分で表現してる、描いているという感覚が欲しかったんです。表現者には、これは大事な事だと思います。漫画家は描かされることに慣れている人が多い。技術にこだわりは多いけど、表現に対するこだわりを、もう少ししっかり持ってもいいと思います」

――そういう意識を持つ佐藤さんから観て、漫画業界はこれからどのようになっていくのでしょうか?

佐藤「時代として、ひとつのメジャーなものに皆が集まり盛り上がるようなことはない思います。『巨大なヒット作をどうやって生み出すか』みたいなことを考えること自体が古いと思うんですよ。『個人としてどう成立するか』を考えればいいと思います。プロよりもお金を持っているような同人誌の人も多いですし、それが進んでいくような気もします。もちろん、同人誌の方の作品に、プロの方のようなメジャー感はないとしても、もうそういうメジャー感みたいなものも、時代や読者が必要としていないというような気もします」

――ただ、既存のシステムのなかでメガヒットを経験している佐藤さんのような方でも、そのような状況を冷静に受け入れられるのでしょうか?

佐藤「そうですね。僕が過去のような売り上げを出すことはもうないと思いますし、単行本の部数が何万部売れて嬉しいみたいな感覚はもうないですね。別のシステムで同じような収入が得られれば、それでいいと思います。大ヒットが必要なのは、多くの人にお金を分配させるためで、ひとりで漫画を作るなら、ひとり分の収入が得られればいいと思う。漫画は元々、極めて個人的な表現で、個人芸術なんです。それなのに、それを自覚しにくいシステムになっています。編集さんが素材を用意してきて、取材をセッティングしてくれる。それで編集さんが自分を原作者だと言い出す……。マンガ家が表現者でその人が描いているという事実が、巨大化して見えにくくなっていると思います」

――そんな状況で、漫画家が大切にしていかなければならない事は何だと思いますか?

佐藤「常に個人であり続けることが大事なんじゃないかと思っています。この状況も、自分で考えて創作しているという事に対して自覚的になれるので、いいんじゃないですかね」

撮影:岩松喜平