季節が変わり、秋のヨーロッパ。先陣を切って開催されたのがフランス・パリ。会場は、パリの中心にある「MUSEE DE L’HOMME」。現在は使われていない博物館だ。博物館だけあって、会場は巨大。その会場の至るところからエッフェル塔を望むことができる。

エッフェル塔に隣接する「MUSEE DE L’HOMME」。メディア、アパレル関係者など延べ2,000人が駆けつけた

ヨーロッパの中でも日本カルチャーの人気が高いパリのために用意された演出は、G-SHOCK MANをモチーフに制作されたアニメーション映像。比較的、G-SHOCKの認知度が低いとされていたパリだが噂が噂を呼び、全会場中最多の約2,000人を動員し、G-SHOCKの名を強烈に刻み込んだ一夜だった。

ジャパニーズカルチャーが人気のパリでは、ピンクのウィッグで現れたコンパニオンが会場を盛り上げた

その後、まだ暖かさの残る情熱の国スペイン、バルセロナへ。イベント会場を前にしたとき、誰もが言葉を失った。オーガニックな曲線でかたどられた建物は、アントニ・ガウディが手がけた世界遺産「カーサ・バトリョ」。ガウディ建築とG-SHOCK。強烈な個性を放つもの同士の、コラボレーションだ。そこへ、ふらりと訪れたのが日本が誇る司令塔、今季からバルセロナを拠点とするRCDエスパニョールに移籍した中村俊輔選手。G-SHOCKを愛用していることで知られる彼の手首には、ブルーの「DW-6900CC」が巻かれていた。

スペインの会場は世界遺産「カーサ・バトリョ」。これには、「奇跡的な巡り合わせ」と関係者も盛り上がったという

初代G-SHOCKの開発者伊部氏と中村俊輔選手。中村選手の腕には、クレイジーカラーズシリーズ「DW-6900CC」が光る

そしていよいよヨーロッパでのファイナルの地、ドイツ・ベルリン。スペインとは打って変わり、小雪が舞い降りるあいにくの空模様。だが、ヨーロッパのミュージックシーンの中心であるベルリンの夜は、外部の雪を溶かすほどの熱気を見せた。ベルリン屈指のDJたちの選曲、テクニックによりフロアのボルテージは最高潮。その会場となった元シアター「ADMIRALS・PALAST」には、かつてヒトラーも訪れたという。また、奇しくもパーティーの当日は、ベルリンの壁崩壊から20周年のわずか5日前。ドイツ、そしてヨーロッパの歴史の重みを感じるとともに、G-SHOCKの26年という歴史を改めて振り返るよい機会となった。……つづきを読む