この日の基調講演では「One more thing……」は登場しなかった。その代わりに、Macworld Expo最後の基調講演の最後の話題となる「One last thing...」としてiTunes関連の情報アップデートが行われた。
iTunes Music Storeがスタートしたのは2003年の4月。AppleはこれまでDRM付き音楽を1曲0.99ドルの1プライスモデルで販売し続け、米国におけるデジタルダウンロード販売の市民権獲得に貢献してきた。これまでの累積販売曲数は60億、登録曲数は1,000万に達した。その間CD販売が下落の一途となり、デジタル販売へのシフトを検討し始めたレーベル側から、より柔軟なプライスモデルを求める声が強まり始めたという。このような状況を考慮して、Appleは0.69ドル/ 0.99ドル/ 1.29ドルのいずれかを権利者が選択する新価格モデルを導入する。「すでに1.29ドルよりも0.69ドルを選択する権利者の方が多いというデータが出ている」とSchiller氏は述べていた。だが、数は少なくてもミリオンセラーになるような楽曲が1.29ドルで販売されると消費者には値上げの印象が定着してしまう。どのような結果になるかは現時点では判断し難い。
ただ現時点でiTunes Storeユーザーにとってもっとも気になるのは価格ではないようだ。新価格が発表された時は静まりかえった会場から、続いて第1四半期末までにDRMフリーのiTunes Plusを1,000万曲以上に拡大すると発表した瞬間に、この日もっとも大きな歓声がわき起こった。
2009年をiLifeアップグレードでスタートさせた理由
基調講演の時間配分を確認してみると、iLife ’09が約42分、iWork ’09が約21分、17インチMacBook Proが約14分、そしてiTunes関連が約6分だった。費やされた時間の差からわかるように、この日の主役はiLife ’09だった。開幕前に噂されたMac miniは姿を見せず、また次期Mac OS XとなるSnow Leopardの話題もなかった。サプライズがなかったとがっかりした人も多かったと思う。だが「iLifeは、人々がMacを購入する大きな理由の1つ」(Schiller氏)である。2008年度にMacは米国においてPCの倍の成長率を記録した。その勢いを2009年度も維持するのがAppleの課題である。
景気減速が鮮明になる中、低価格パソコンに対する注目が高まっている。昨年秋にAppleが投入したユニボディ採用のMacBookとMacBook Proは高い評価を受けた一方で、価格を引き下げなかったことが懸念材料として上げられた。iLife強化は、その解決策の1つとなる。iLifeはMacに無料でバンドルされるのだ。値札は安くはなくても機能を考慮するとお得なMacがiLifeのアップグレードによって、さらに割安になる。今後Mac miniが登場するにしても、このような景気が厳しい時期だからこそ、まずはiLife強化からというのは順番として正しい (消費者にはうれしい)。また今回のiLifeおよびiWorkのアップグレードは、使いやすさという持ち味を保ちながら、よりパワフルな機能を求める人を満足させる強化になっている。Macのシェア拡大を狙って堅実な一手を打ってきたという印象だ。