最終的には人間の目が決めた美しい色

──色を美しく出すという面で苦労したことはありますか?

尾田潔(以下、尾田)「実は、白を多くすればするほど画面は明るくなりますが、その分色は減るのです。つまり、色が悪くなってしまうのです。明るさと色を両立させるのは、至難の業でしたね」

──どうやって明るさと色を両立させたのですか?

尾田「カラーホイールが一番の肝になっています。アクトビジョンSSでは従来モデルでの経験値を踏まえて設計するようにしました。過去はこういう角度だったから、こうなったというように、白を明るくしながら中間色を上げていきました」

──具体的にはどのように作業を行ったのですか?

西浦「投影される色は基本的に何によって決まるかといえば、先ほど言ったように、カラーホイールが一番大きな要因を占めています。では、カラーホイールだけかというと、そうではなくて、当然ランプが影響しますし、電力の強弱もあります。DLP方式は微細なミラー群に光を反射させ、ひとつひとつのミラーを動かしながら映像を投影します。それをコントロールするアルゴリズムや階調制御などの技術的なところなども含め、結局はすべてを合わせた総合力なんです。それらを加味しながら決めていくのですが、決定するための要素が無数にあって、とても難しい作業です。

計算上でできる部分も、ある程度はあります。分光特性をこうして、角度をこうしたら、こういう色が出るはずだというシミュレーションはできるんですね。しかし、それはそのまま人間の見た目とは同じではないので、微調整しながら作っていかないと、その色にはならないのです。理論どおりにできれば楽なんですがね」

ポインセチアの赤色も鮮やかに見える

──ということは、最終的には、人間の目で色を決めたのですか?

西浦「そうです。最後は人間の目です。白は色度図のここの色度を狙おうと作っていって、そのとおりできたのですが、実際に見たらどうなのか? もう少し青いほうがいいのかとか、結局そういうことになるんです。理論どおりに作ったからといって、いいものができるとは限りません。

そこでアクトビジョンSSの開発にあたっては、専任の"色彩のスペシャリスト"を置きました。それが尾田です。開発チームのメンバーも、もっとシアンを混ぜてとか、評価をしながらフィードバックをかけますが、最終的には尾田の目が色を決定します。すべては、彼の目にかかっています。みんなから『ハリウッドの目を持つ男』と呼ばれるほどです」

──手間のかかるたいへんな作業ですね。

西浦「手当たり次第やっていると、いくら時間があっても足りません。そこで、ランプは改良されたこのランプを使いましょうとか、カラーホイールは、こういう色合いを作りたいから、とりあえずこういう角度で作ってみましょう、と進めていくのです。その結果を実際に見て微調整していきます。分光特性を変えることがあれば、角度を変えることもあります。そういう意味では、やれることが多すぎますね(笑)」

次なる開発目標はテレビの色

──今回の開発でいちばん難航した点を教えてください。

西浦「電力ですね。ふつうランプは同じ電力で点灯させていますが、今回は赤の色だけ電力を上げるなど可変にしています。そうすると、場合によってはランプにダメージを与えて寿命が短くなるんです。実際にどうなのか、時間をかけてエージングしてやらないと、結果がわかりません。

何十時間、何百時間かけた結果として、少しランプが暗くなってしまう場合があれば、もう一回やり直し。エージングして、この波形ならOKだが、この波形ならダメだと経験を積み上げます。経験を積み上げれば、どのあたりが大丈夫かわかってきます。それを繰り返して、この波形はちゃんと寿命も大丈夫で、かつ色もきれいというものを選ぶわけです。こうしたエージングは、今回が初めてのうえ、非常に時間がかかるものでした」

──尾田さんにとって、何が大変でしたか?

尾田「従来のアルゴリズムでどういう色味が出ているかは、調べれば分かります。しかし、今回の新しいアルゴリズムで色の空間が広がった分、色にどう影響するかが全然分かりませんでした。カラーホイールとそのアルゴリズムを組み合わせた場合、どういう色になるかも全然わからなかったのです。理論でこうなるのではと入れてみましたが、なかなか思ったとおりの色にならなかったり……。試行錯誤の中で、目指している色に行き着くまでが苦労しましたね」

──そうした苦労の積み重ねの結果、パソコンのディスプレーと同等な色彩で投影できる夢のプロジェクターが実現しました。さて、次なる目標は?

西浦「パソコンと同じ色を目指して開発してきましたが、次は"テレビの色"だと思っています。テレビは、パソコンよりさらに色彩情報が豊富です。最終的には、このテレビの色までもっていきたいなと考えています」

開発の経緯を笑顔で語ってくれた西浦室長と尾田氏だが、実際の開発現場は難題との戦いに明け暮れる厳しい世界だ。限られた期日、高い目標、待ち受ける障害……。技術者たちは、そのひとつひとつに果敢にチャレンジして優れた新製品を世に送り出す。その技術者魂こそが、この分野における日本のトップランナーとしての地位を支えていると言ってもいい。羽村では、すでに次なる目標を目指した新たなる開発が始まっている。