膨大なサンプルから選び抜いた音源

「Privia」は、「軽量コンパクト」というコンセプトにのっとり、小型化された専用の鍵盤を装備。またグランドピアノ特有の低音域では重く、高音域では軽い鍵盤タッチを「スケーリングハンマーアクション鍵盤」によって実現した。ところで「音の良さ」という点で、どのような工夫がなされているのだろうか。

羽村技術センター開発本部 コンシューマ統轄部第四開発部 第42開発室 伊藤直明氏

伊藤 電子ピアノはアコースティックピアノの音をデジタル録音したサンプリング音源を使用しています。具体的には、製品コンセプトを元にサンプリングするピアノの選定、調整、調律をし、独自の方法でマイクを立て、1音ずつ細かな調整をしながら一流ピアニストの演奏により収録するのですが、詳細は企業秘密です。アコースティックピアノの全88鍵分を、強弱を何段階も変えて音をサンプリングしますが、マイクセッティングやピアノの調節をしながら何テイクも録るので、膨大なデータになります。そこから「これだ! 」と思う音源を選別するのは相当大変な作業です(笑)。

カシオのピアノ・サンプリング音源収録は、数多くのミリオン・ヒットを生み出した米国東海岸の歴史あるレコーディング・スタジオで行われている。収録用アコースティック・ピアノの機種選定はもちろん、その素材となるピアノの響きを余さず詳細にデータ化するために、エンジニアはヴィンテージから最新のものまで複数のマイクロホンを注意深く選択し、様々なアングルでセッティングして収録を行うという

カシオのサンプル音源は、米国の一流ピアニストがその高い演奏テクニックと長時間に渡る忍耐力を駆使して収録され、彼ら演奏家が、強弱を含む様々なニュアンスで導き出した実際のサウンドが、カシオのピアノの中にデジタル・データ化されている

――Priviaの新製品ではピアノの音の強弱にこだわった「トリプルエレメント方式」を採用していると聞きましたが

伊藤 普及タイプの電子ピアノは、鍵盤を押す強さに関わらず、1つの鍵盤に対して1つの音の波形のみが鳴るようにプリセットされており、フィルターという電子回路によって鍵盤を押す力の強弱による音の違いを表現しています。一方、Priviaの新製品では「トリプルエレメント方式」を採用、音の強弱に応じて3つの波形をプリセットしておりますので、アコースティックピアノで演奏したようなニュアンスを電子ピアノでも再現することができるようになりました。

段城 従来機種では一度に出せる音(最大同時発音数)は32音でしたが、「PX-720」を代表とする新モデルシリーズからは128音と4倍に増えました。ペダルを多用する演奏では特に違いを実感していただけると思います。さらに、前述の「トリプルエレメント方式」や、ピアノの音の特長を表現するために2つのフィルターを搭載することで、よりグランドピアノの表現力を追求しています。この音源を、「Acoustic Intelligent Filteringシステム(アコースティックな音を実現するための知的フィルターシステム)」の頭文字をとって「AIF音源」と呼んでいます。

担当者は防音装置のついた個室で"音づくり"に励む

――目標とする音というのはありますか?

伊藤 音というものは最終的には個人の好みの違いも大きく難しいのですが、「PX-720」では「モダン」と「クラシック」という2種類のピアノ音色をプリセットしています。音を作る側としては、音源ももちろんですが、弾いたときに音の明るさや広がりも含めた、アコースティックピアノらしさを目標としています。漠然とした表現ですが、「高級そうなピアノと安っぽいピアノの音の違い」は、サンプリングした音の波形の違いだけではなく、そのあとの波形編集によっても差ができてしまいます。地道な試行錯誤を繰り返しながら、イメージに近づくよう日々工夫を重ねています。