このk(χ)とs(Ψ)リングによる暗号化は、暗号化された文字をZ、平文の文字をP、kリングの変換をK、sリングの変換をS'とすると、

  • Z=P(+)K(+)S'

と表わされる。ここで(+)はビット毎のXOR(排他的論理和)である。この式を変形して、

  • D=Z(+)K
  • D=P(+)S'

とする。そして、連続する2文字を比較すると、

  • ΔD=ΔZ(+)ΔK
  • ΔD=ΔP(+)ΔS'

が成り立つ。ΔPの1ビット目のΔP1が"0"となる確率をp、sリングが1ポジション回転される確率をa、sリングの1ビット目のS1が"1"になる確率をbとする。ΔS'1が"1"になるには、ΔS1が"1"であり、かつ、Sリングが1ポジション回転する必要があり、ΔS'1が"1"になる確率は、a*bとなる。そして、ΔD1=ΔP1(+)ΔS'1であるので、ΔD1 が"0"になる確率は、

  • Pr[ΔD1=0]=Pr[ΔP1=0] * Pr[ΔS'1=0] + Pr[ΔP1=1] * Pr[ΔS'1=1]

となる。この式に前記の確率を代入すると、

  • Pr[ΔD1=0]=p(1-ab)+(1-p)ab=p+ab(1-2p)

が得られる。この確率が0.5で無ければ、ΔD1はランダムではなく偏りを持つことになる。そして、ある程度長い暗号メッセージに対してΔD1=ΔZ1(+)ΔK1を計算し、ΔD1が十分な偏りを持っていればΔK1は正しく推測されたと考えられる。

しかしながら、Lorenz暗号器はab=0.5となるように設計されており、この方法ではΔD1に偏りは生じない。従って、この方法ではΔK1を推測する手掛かりは得られない。しかし、k1とk2リングをペアにして考えると、状況が変わる。ΔS1が"1"になる確率をb1、ΔS2が"1"になる確率をb2とすると、ab=0.5であり、そしてaは全sリングに共通なので、b1=b2でなければならない。この値をbと書くと、

  • Pr[ΔS1(+)ΔS2=0]=Pr[ΔS1=0]*Pr[ΔS2=0]+Pr[ΔS1=1]*Pr[ΔS2=1]=(1-b)*(1-b)+b*b

となる。次にS'1(+)S'2=0が"0"になる確率を考えると、

  • Pr[ΔS'1(+)ΔS'2=0]=(1-a)+a{(1-b)*(1-b)+b*b}=1-2ab(1-b)

となる。ここで、ab=0.5であるので、この確率はbとなる。ΔD1はΔP1(+)ΔS'1であり、ΔD2はΔP2(+)ΔS'2であるので、

  • Pr[ΔD1(+)ΔD2=0]=Pr[ΔP1(+)ΔP2(+)ΔS'1(+)ΔS'2=0}=Pr[ΔP1(+)ΔP2=0]*Pr[ΔS'1(+)ΔS'2=0]+Pr[ΔP1(+)ΔP2=1]*Pr[ΔS'1(+)ΔS'2=1]

と表わすことができる。テレタイプコードは5ビットしかないので、アルファベットと数字や(、)、+、-などの記号を全部表現するにはビット数が不足である。このため、文字シフトと数字シフトという符号をもっており、これが出現するとその後のコードを、それぞれ文字、あるいは数字として解釈する。当時の無線通信では電波状況が悪いと上手く受信できないことが起こるが、普通の文字なら分からなくても文章の前後から判断することもできるが、この文字シフトと数字シフトが化けると文章がメチャクチャになってしまう。このため、ドイツの電信手は文字シフトと数字シフトコードは2文字続けて送るのが一般的であった。

ΔP1(+)ΔP2は、平文の連続する2文字の1ビット目と2ビット目のXORを、さらにXORしたものであり、平文の中で同じ文字が連続した場合には"0"になる。このシフトコードを2文字続けて送るという習性から、Pr[ΔP1(+)ΔP2 =0]は0.5より大きくなり、過去の暗号解読の蓄積から、Pr[ΔP1(+)ΔP2=0]はおおよそ0.6であることが分かっていた。また、Pr[ΔS'1(+)ΔS'2=0]はおおよそ0.7であることも分かっており、これを代入すると、

  • Pr[ΔD1(+)ΔD2=0]=0.6*0.7+(1-0.6)*(1-0.7)=0.54

となり、完全ランダムの場合の0.5より僅かであるが、大きい値となる。Colossusは、k1、k2リングの全ての初期セッティングを総当りで試して、ΔD1=ΔZ1(+)ΔK1とΔD2=ΔZ2(+)ΔK2を計算し、さらにΔD1(+)ΔD2を計算して"0"の数を数え、その確率を電動タイプライターにプリントアウトする。Colossusのオペレータは、この数がランダムの場合の平均値から4シグマ以上離れているケースが見つかると、そのケースのk1、k2リングの初期セッティングが暗号化に使用された可能性が高いと判断する。そして、正しそうなk1、k2リングのセッティングが得られると、それを使って、k3、k4、k5リングの初期セッティングを推定する。

全てのkリングの初期セッティングが分かると、暗号文Zから中間の文章Dを求めることが出来るが、最終的に平文Pを得るには、sリングのセッティングを推定することが必要になる。この前半のプロセスはMax Newman教授の率いるチーム(Newmanry呼ばれる)が担当し、Colossusを使って確率的にkリングのセッティングを割り出した。

次のステップはsリングの設定を推測して平文Pを割り出すことであるが、これにはkリングのセッティングのような統計的な手法は使えず、Ralph Tester少佐の率いるチーム(Testeryと呼ばれる)がドイツ語の各アルファベットの出現頻度などに基づく暗号解読を行った。

この世界初の電子的なディジタルコンピュータであるColossusであるが、英国政府は、暗号解読技術が漏れることを恐れ、全てのマシンを粉々に破壊し、設計図なども全部焼却してしまった。しかし、これを惜しんだTony Sale氏等のグループが、1991年に数少ない当時の写真や資料を集め、設計者のTommy Flowers氏が隠匿していた設計資料なども譲り受けて復刻を開始した。

前述のように、ColossusはPost Officeの研究所で開発され、当時の電話交換機で使用していた標準部品を使って設計された。運が良いことには、Sale氏からが復刻を始めた当時は、これらの交換機が廃却になる時期にあたり、交換機のジャンクからオリジナルと同じ部品を大量に入手することができた。Colossusに使用された真空管は、まだ、販売されていたが、高価であり、Sale氏等はスポンサー企業を見つけて資金を調達したという。

そして、最初に掲載したColossusの前面に対応するのが、次の写真である。但し、残念ながら写っているのは復刻チームの小父さんたちで、Wrenの女性オペレータまでは復刻されていない。(復刻版Colossusの前面(左)と作業中の復刻チームのメンバー。(Wikipedia))