太陽光や風力といった「再生可能エネルギー」の供給源が増加しつつあることは、周知の通りだ。しかし現在、これにより電力の供給市場が複雑化し、「いかにして再生可能エネルギーを安定した電力として利用者まで届けるか」というテーマが大きな問題となっていることをご存知だろうか。

当然ながら、電力需要は常に変動する。電力供給がその変動に追従するためには、複数のコントロール可能な、発電コストの安い発電設備をうまく組み合わせる必要がある。しかし、先に挙げた再生可能エネルギーは、たとえば風力発電であればその時々の風速によって、太陽光であれば天候によって発電量が変動するため、再生可能エネルギーだけで発電量の安定化は不可能だといえる。いわゆる時間変動が大きいために、再生可能エネルギーを既存の電力システムに組み込む場合、コントロール可能な火力・水力発電と最適に組み合わせることが極めて重要となるのだ。

東北大学 教授(工学博士) 斎藤 浩海 氏は、現代が抱えるこの問題を見据え10年以上前より「電力システムに太陽光や風力がたくさん繋がる時代に、全体の適正な状態をいかにして保つか」をテーマとした研究を続けてきた。今回は同氏へのインタビューから、電力供給の現状と未来について紐解いていきたい。

東北大学 教授(工学博士) 斎藤 浩海 氏

各組織で研究モデルが分散していた状況を標準化すべく、電力需給解析モデル「AGC 30」を一般公開

既存電力システムへ再生可能エネルギーを組み込む上では、再生可能エネルギーの時間変動が周波数や火力発電にいかに影響を与えるのかを高い精度で評価できることがカギとなる。しかし、その評価を実際に稼動している実系統上で検証するのは困難であり、多くの研究ではコンピュータ シミュレーションを利用している。

これまで電力会社をはじめとする業界組織や研究機関において、様々な研究が行われてきた。しかしそこには、「標準化」という観点で課題があったと、斎藤氏は説明する。

「多くの組織によって研究が行われてきましたが、それぞれが自身の研究に向け独自のモデルを作り、そのモデルの上で検証を行っていたため、シミュレーション結果の客観的な評価が困難でした。また、こうしたモデルは電力システム全体の一部しかカバーしておらず、こうなるとそもそもの研究の妥当性自体が議論の対象となりかねません。こうした状況を打開するには、電力需給解析モデルの標準化を行い、各研究機関が同一モデルのもと研究を進める必要があるのです。そのため、2016年末に日本電気学会が構築した標準モデルが一般公開されるなど、新たな取り組みが生まれつつあります。」(斎藤氏)

日本電気学会は電力需給解析モデルの標準化へ向け、2014年4月に「電力需給解析モデル標準化調査専門委員会」を発足。2016年末には電力需給解析モデル「AGC 30」を一般公開した。この委員会には、斎藤氏も全体を取りまとめる立場で参加している。

【参考】
電力需給・周波数シミュレーションの標準解析モデル
http://www.bookpark.ne.jp/cm/ieej/detail.asp?content_id=IEEJ-GH1386-PRT

AGC 30の特筆すべき点としては、まず同モデルがMATLAB/Simulinkで構築されていることが挙げられるだろう。さらに、このモデルは単に委員会の報告書として公開されるだけでなく、CD-ROM形式での頒布も行われている。CD-ROMに収められたモデルをMATLAB/Simulink上で読み込むことで、どの組織でも、AGC 30を利用した需給制御のシミュレーションが実行可能だ。

斎藤氏はAGC 30の特長について、「実稼動している発電プラントに近い応答のモデルの導入」と「電力需給システム全体のシミュレーション」の2点を挙げる。

「不確実に変化する再生可能エネルギーを組み込んだ電力需給シミュレーションでは、『電力システムの現実性をいかに適切に反映したモデルを使用しているのか』に全てがかかっているといえます。電力システムの性質は地域や国によって異なるため、大学、重電、電力といった業界メンバーで構成される委員会で国内固有の条件(設備、気候、需要など)を鑑みたモデルの構築を行い、その精度を高めてきました。実際のデータを基に電力需要や風力発電、太陽光発電の変動を模擬するとともに、実稼動する発電プラントに近い応答のモデルを実現しています。また、AGC 30上には発電プラントや需給制御系といった個々の要素モデルだけでなく、それらを組み合わせた1800万kWクラス(国内の1つの電力会社に近い規模感)の仮想電力システムを構築したため、電力需給システム全体のシミュレーションが可能です」(斎藤氏)

火力・水力等と比較し、再生可能エネルギーは発電量が安定しない(左)。AGC 30では、実際の稼働環境に近しいモデルやパラメータ、サンプルデータが用意されている。また、それらは個別ではなく、電力システム全体の動作としてシミュレーションが可能(右)
※MATLAB EXPO2016での、斎藤氏の講演資料より抜粋

MATLAB/Simulinkでモデルを構築することで、AGC 30のスピーディーな普及に期待

電力需給解析モデル標準化調査専門委員会がMATLAB/SimulinkでAGC 30を構築した理由としては、主に以下の点が挙げられる。

表. MATLAB/SimulinkでAGC 30を構築した理由
MATLAB (1)委員会構成員への調査の結果、解析ツールとしての使用実績とニーズが高かった
(2)膨大な入力データの取込み、計算結果の解析や可視化に優れる
(3)Simulinkと共通環境で使用可能であり、ブロックの初期値設定が容易
Simulink (4)制御ブロック図の描画が容易
(5)サブシステム機能により視覚的にわかりやすいモデルデザインが可能
(6)離散系システムと連続系システムの混在したシステムの解析に有効

標準化を目指す上では、まず頒布するモデルが、各組織で積極的に活用されるための「汎用性」を備えていなければならない。そのため、電力需給解析モデル標準化調査専門委員会では委員会の発足時、主要な大学や業界27団体を対象に、「解析モデルの希望形式」に関するアンケート調査を実施。その結果、(1)にある通り圧倒的多数がMATLAB/Simulinkで動作するモデルを希望したという。

また、重複となるが再生可能エネルギーの組み込みを前提とした場合、電力需給解析に求められるのはシミュレーションの精度だ。そこでは、モデルやパラメータ、サンプルデータが妥当性を持つかどうかの検証が欠かせない。MATLAB/Simulinkであれば、こうした検証においても、(2)や(6)にあるような点が有効に機能する。

「(委員会からは)モデル構築にあたって、MATLAB/Simulinkを用いることに苦労したという話はほぼ耳にしませんでした。また、AGC 30の頒布も、当初予定した通りのスケジュールで実施できています。委員会発足からわずか2年でここまで到達できましたが、そこにはMATLAB/Simulinkが大きく貢献していると言えるでしょう。一般公開しているAGC 30は、電力需給解析に携わる多くの技術者が既に利用しているMATLAB/Simulink上で動作しますので、AGC 30のスピーディーな普及に期待しています」(斎藤氏)。

MATLAB(左)では、一度コーディングすれば解析結果の可視化が容易に行える。また、Simulink(右)上で行える制御ブロックの色付けや空きスペースへのコメント追加は、開発者間での情報共有にも役立つという
※MATLAB EXPO2016での、斎藤氏の講演資料より抜粋

将来、様々な領域でAGC 30が活用される

AGC 30 が普及することで、電力需給解析は急速に標準化していくだろう。そこでのシミュレーション結果は客観的な評価が可能なため、研究のさらなる発展にも期待できる。

さらに斎藤氏は、昨今話題となるスマートグリッドやデマンドレスポンス、電力自由化といったテーマにおいても、AGC 30は有効に活用できると語る。

「たとえば蓄電システムを提供する企業が再生可能エネルギーの発電性能を評価するなど、AGC 30はあらゆる研究・評価で活用できるでしょう。また、電力自由化に伴い生まれる調整力市場(電力の需要と供給を一致させるための供給調達市場)のように、新規市場においても有効に機能するかもしれません。AGC 30の中には、LFC(負荷周波数制御)とEDC(経済負荷配分制御)という 2 つの電力制御系が含まれていますが、これらは、蓄電システムの導入や調整力市場の設計の仕方により、現在とは異なった構造になる可能性もあります。こうした未来予測にAGC 30を活用することで、『きたる未来へ向けどのような電力需給制御方式を実装すべきか』という研究をすすめることも、今後の重要なテーマとなってくるでしょう。」(斎藤氏)

AGCの開発により期待される効果。AGC 30は今後、様々な領域で活用されていく
※MATLAB EXPO2016での、斎藤氏の講演資料より抜粋

ところで、電力需給解析モデル標準化調査専門委員会そのものは既に活動を終了しているが、同学会 電力系統技術委員会の下部に発足した「電力需給解析標準モデル管理連絡会」が、AGC 30に関するフォローを数年間行っていく予定である。MATLAB/Simulinkで構築されたAGC 30が、今後新たに生まれる電力市場を含め、電力業界における様々な課題を解決するモデルとなることが期待される。

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