「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」をパーパスに、サプライチェーンからエンターテインメントまで幅広い事業を展開するパナソニック コネクトが「開発文化の変革」に取り組んでいます。従業員数 2 万 8500 名、日本の伝統的大企業でもある同社には、創業者である松下 幸之助 氏の思想や事業部制の影響が色濃く残っていたといいます。ただ、米大手企業ブルーヨンダーの買収を機に、両社の開発文化のあまりの違いから「危機感」を感じることになります。そこで目指したのがクラウドネイティブな開発文化でした。基盤やツールとして採用されたのは Microsoft Azure と GitHub です。パナソニック コネクトがどのように開発文化の変革に取り組んでいるのかを聞きました。

買収したブルーヨンダーとジョイントソリューションを開発、開発文化の違いに驚く

パナソニックグループで、B2B ソリューション事業成長の中核を担い、顧客起点で顧客の「現場」に貢献する新しいソリューションを提供するパナソニック コネクト。企業としての存在意義であるパーパスとして「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」を掲げ、サプライチェーン、公共サービス、生活インフラ、エンターテインメントの各領域で事業を展開しています。

同社は2017 年に社内カンパニーとして、前身のコネクティッドソリューションズ社として設立され、2021 年 9 月に世界トップクラスのサプライチェーン・ソフトウェアの専門企業であるブルーヨンダー(旧 JDA ソフトウェア)の全株式取得、翌年 4 月に現在のかたちになりました。

パナソニック コネクトの執行役員 ヴァイスプレジデント CTO である榊原 彰 氏は、技術研究開発本部 本部長を兼務しています。技術開発本部では、パナソニック コネクトとブルーヨンダーのジョイントソリューションを開発しており、両社の開発体制や開発文化の違いをどう乗り越えていくかがカギになっています。榊原 氏は、ビジネスの特徴について、こう話します。

  • パナソニック コネクト株式会社 執行役員 ヴァイスプレジデント CTO 兼技術研究開発本部 マネージングダイレクター 知財担当 榊原 彰 氏

    パナソニック コネクト株式会社 執行役員 ヴァイスプレジデント CTO 兼技術研究開発本部 マネージングダイレクター 知財担当 榊原 彰 氏

「ブルーヨンダーのビジネスとわれわれが持っている IoT やエッジのテクノロジーを融合させることで、より柔軟性の高いサプライチェーンサービスを提供していくことを目指しています。こうしたサービスのことを 『Autonomous Supply Chain Management 』と呼び、技術研究開発本部がこの特徴の異なる二つのサービスを融合させる役割を担っています」(榊原 氏)。

パナソニック コネクトとブルーヨンダーでは開発文化があまりに異なっていました。ジョイントソリューションはソフトウェアを使って融合させることになりますが、ソフトウェアをいかに効率良く開発していくか、クラウドベースのノウハウをいかに取り込んでいくかといった点でギャップが大きかったのです。パナソニック コネクトとして、プロセスをいちから見直していく必要があったといいます。

開発文化の変革に向けた基盤やツールとして採用されたのが、Microsoft Azure(以下、Azure)と GitHub でした。

事業部ごとに開発体制が異なりサイロ化、リリース速度や品質管理、生産性に課題

パナソニック コネクトが抱えていた課題について、榊原 氏はこう振り返ります。

「開発体制だけでなく、品質管理の仕組みや事業化した後の販売チャネルやプロモーションの仕方などについても、ハードウェアに特化したプロセスになっていました。このままではクラウドの開発・リリース速度についていけません。いいところを残し、直すべきところを直しわれわれ自身がトランスフォーメーションしていくことが必要でした。そこでまずはブルーヨンダーが採用していた環境に寄せるべく、クラウド環境を Azure に、開発・実行環境を GitHub に改めました。併せてブルーヨンダーに人材を送り込み、彼らの開発プロセスや開発文化を学ぶことを進めました。いまやサービス開発において CI / CD などの開発手法は必須です。それらを学ぶ過程で、インナーソースの取り組みやアイデアソン、ハッカソンの取り組みも進めていったのです」(榊原 氏)。

インナーソースとは企業内でのプロプライエタリソフトウエアの開発にオープンソースの文化や手法を取り入れることです。社内におけるソースコードの共有を促すことで、組織のサイロを壊し、エンジニアの共創を生み出すことが狙いです。

また、技術研究開発本部 エグセグティブITアーキテクトの安達 久俊 氏は、変革を推進しなければ市場ニーズにスムーズに対応できなくなるリスクがあったと話します。

  • パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 エグセグティブITアーキテクト ソリューション開発研究所 ダイレクター 安達 久俊 氏

    パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 エグセグティブITアーキテクト ソリューション開発研究所 ダイレクター 安達 久俊 氏

「ウォーターフォール型の開発が中心でしたので、標準的な開発規模でもリリースまで半年以上かかることが普通でした。仮に 1 年かけて開発して製品をリリースしても市場ニーズは変わっています。ニーズを聞き、追加開発してさらに 1 年後のリリースでは、お客様が離れていってしまいます。加えて、ソフトウェア資産やツール、ノウハウが事業部やシステムごとに個別最適化していたり、どのような資産があるか把握できないために、現状、同じような機能を新たに開発してしまう『車輪の再発明』に陥ってしまったりすることも多くあります。アジャイル開発や DevOps の方法論を取り入れ、CI / CD パイプラインの構築や開発プロセスの標準化に取り組み、市場ニーズに素早く対応していかなければ、成長事業だけでなくコア事業も含めてビジネスとして立ち行かなくなるリスクが高まってくる恐れがあります」(安達 氏)。

パナソニック コネクトの事業部は、大きく、放送用カメラやプロジェクター、サウンド機器などの「メディアエンターテインメント」、溶接・レーザー加工関連機器などの「プロセスオートメーション」、「Let's note」などの PC 製品や決済端末の「モバイルソリューション」、航空機の機内エンターテインメント「パナソニック アビオニクス」、国内ソリューション営業の「現場ソリューション」などの事業部があります。これら事業部ごとに開発体制や開発ツール、管理体制がサイロ化・個別最適化し、リリース速度、品質管理、生産性、拡張性、販売、顧客サポートの面でさまざまな課題が顕在化しはじめています。

ブルーヨンダーとの開発環境差に危機感:新たな展開へ

現場の力が強くシステム開発が事業部ごとに個別最適化しやすいことは、多くの日本の製造業が抱える課題でもあります。1918 年に創業し事業部制という独自発想の制度の基で発展してきたパナソニックグループにとって、アジャイル開発や CI / CD などのクラウドネイティブ技術を採用することは簡単なことではありませんでした。ブルーヨンダーとの協業体制の推進と、Azure や GitHub の導入プロジェクトをリードしたソリューション開発部 シニアマネージャー 手島 祥樹 氏は振り返ります。

  • パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 ソリューション開発研究所 ソリューション開発部 シニアマネージャー 手島 祥樹 氏

    パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 ソリューション開発研究所 ソリューション開発部 シニアマネージャー 手島 祥樹 氏

「CI / CD や自動テストに取り組みたいという強い思いは以前からありました。ただ一方で『そんなことをしても無駄では』という声も根強くあり、取り組みが継続しなかったのです。そんななか一つのきっかけになったのがブルーヨンダーとのジョイントソリューション開発でした。彼らと一緒に仕事を進めてみると、Azure ベースのプラットフォームで GitHub を中心とした開発環境を整備し、アジァイルのプロセスを非常に効率良く回していることがわかりました。『われわれと比べて 5 年以上差がある。このままやっていても追いつけないどころから離される一方だ』と驚くと同時に、強い危機感を抱きました。そこで『まずは真似していこう』という腹が固まったのです」(手島 氏)。

代表的なジョイントソリューションには、倉庫内の積み下ろしの効率化をセンサー情報と AI を組み合わせて最適化するものや、大型トラックやトレーラーの運行を追跡して効率化するものなどがあります。倉庫管理システム(WMS)と輸配送管理システム(TMS)などを組み合わせて全体を最適化するヤードマネジメントシステム(YMS)と呼ばれるもので、パナソニック コネクトが強みを持つハードウェアのノウハウと、ブルーヨンダーが強みを持つソフトウェアやサービスのノウハウを組み合わせることで、大きな相乗効果が期待できるソリューションです。

「ジョイントソリューション開発では、ハードウェアの開発サイクルとソフトウェアの開発サイクルを合わせることが重要になってきます。いくらソフトウェアのアップデートが速くても、ハードウェアがそれに対応していなければサービスとしての進化は遅くなってしまいます。モジュールや機能ごとにマイクロサービスとして開発し、それらを連携させてソリューション全体を開発していくために、Azure と GitHub は最適なプラットフォームだと実感することができました」(手島 氏)。

GitHub を使いインナーソースの取り組みを推進

ジョイントソリューション開発で利用している Azure サービスは広範囲に渡ります。

ジョイントソリューション開発では、Azure IoT Hub、Synapse Analytics、Azure Kubernetes Servicesなど PaaS サービスをフル活用しています。

また、GitHub との連携では、ソースコードをクラウド上で管理することで、開発を高速化するとともに、GitHub Actions を使った CI / CD パイプラインの構築やワークフローの自動化を行い開発効率化などを実現しています。これらのさまざまなサービスを連携させる環境として Azure App Service も活用されています。技術研究開発本部 コーポレート技術推進部 マネージャー 半田 智久 氏はこう話します。

  • パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部コーポレート技術推進部 主幹 半田 智久 氏

    パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 CTO戦略企画部 アジャイル開発推進課 マネージャー 半田 智久 氏

「GitHubを導入し、ソースコードを公開したことで、組織を超えた共有や貢献の意識と行動が生まれ、『車輪の再発明』を抑止する環境が構築できました。また、部署ごとに異なっていた開発プロセスや開発ツールを共通化・標準化したことで開発効率が飛躍的に高まりました。Azure や GitHub の魅力の一つは、幅広いユーザーが利用していて情報を検索すればさまざまな知見を得られることです。何か問題にぶつかったときもコミュニティベースで解決することができます。コードを共有し、Azure を組みあわせた環境を整備したことで、コードが生み出す価値を最大限に享受できるようになりました」(半田 氏)。

もっとも、基盤やツールなどの開発環境を整えるだけでは、コードの価値を最大化することはできません。とりわけ「社員一人ひとりが事業主たれ」という松下 幸之助 氏の思想の元で事業部制を敷き、実際に社員一人ひとりが PL(損益計算書)ベースで経営者目線の議論を戦わせることが習慣化しているパナソニックグループのような組織では、コードやノウハウの共有をお金などのやりとりなく行うことに抵抗感を持たれるケースも想定されたと言います。

「そこでポイントになったのがインナーソースの取り組みです。インナーソースとは、大規模なオープンソースプロジェクトのベストプラクティスをエンタープライズソフトウェア開発に適用する開発方法論の一つです。GitHub によるコード共有とそこに Azure を組み合わせた環境を社員に公開し、考え方や発想自体を変えていくことに取り組んだのです」(半田 氏)。

3 日間のハッカソンに約 40 人の若手エンジニアが参加、新しい開発文化に触れる

インナーソースの取り組みでキーになった取り組みの一つは、コードの価値の共有です。具体的には、榊原 氏による「号令」と Azure と GitHub がもたらす「価値の共有」を推進しました。技術研究開発本部 R&D推進部 企画推進課 シニアエキスパート 関 理恵 氏はこう話します。

  • パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 R&D推進部 企画推進課 シニアエキスパート 関 理恵 氏

    パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 R&D推進部 企画推進課 シニアエキスパート 関 理恵 氏

「これまでは、一つのブロダクトを二つのプロジェクトチームで作るといった場合に、お互いにソースコードを見せ合うことをためらうシーンも多かったと聞いています。そうした開発文化のなかで、コードを共有することは簡単ではありません。そこで、まず榊原はGitHub にコードを上げて共有することを評価し、新しい文化を作っていく意識づけをしたのです」(関 氏)。

GitHub での開発が標準環境というルールを設けたことがきっかけになり、雰囲気は一変したと言います。GitHub に登録されるリポジトリ数が、加速度的に伸びていったのです。そのうえで取り組んだのが、アイデアソン・ハッカソンの開催でした。

「マイクロソフトさんの協力のもと、Azure Functions や Power Platform を使ったアイデアソン・ハッカソンを開催しました。集まった若手エンジニアが自分のやりたいことに生き生きと取り組んでいる姿がとても新鮮でした。若手だけでなく、マネジメント層や管理者向けの研修・合宿も実施したり、たとえ失敗したとしても技術的に難しいプロジェクトに取り組んだ人を表彰するリスクテイカーアワードも新設したりしました。エンジニアが、高いモチベーションをもって、リスクを取ってチャレンジしていたり、ハッカソンで学んだことを業務に活かしたりして いるのを見て、新しい文化が生まれつつあることを実感しました」(関 氏)。

Azure と GitHub の導入は、さまざまな効果をもたらしています。まず、サービスリリース速度が圧倒的に速くなりました。ブルーヨンダーとのジョイントソリューションでは、新機能のモックアップをリリースするのに かつては1~2カ月かかっていたのが、2 週間でリリースした例もあります。

また、Azure の PaaS を活用することでシステム環境の調達や構築に数カ月かかることもなくなり、基盤の運用保守の手間も大きく削減されました。インナーソースの取り組みを推進することで、開発文化も大きく変わり、ペアプログラミングのような新しい開発スタイルも定着しつつあるそうです。さらに、Azure と GitHub の開発基盤は内製化にも対応できるため、今後は内製化率のさらなる向上を視野に入れていくといいます。

安達 氏は、こう話します。

「『こんなに簡単だったんだ』『もう昔に戻りたくない』といった声が聞かれたことが一番の成果かもしれません。コードコミットしてデプロイするのに以前は1、2日かかっていました。手動でテストして…、のような。下手をすると2、3 日かかかっていました。しかし、今では数分でデプロイできるようになりました。取り組みを進めるうえでは、マイクロサービスの発想と同じように、最初から大きく作り過ぎず、開発者の心理的安全性を担保しながら、小さな成功経験を積み上げていくことを心がけました」(安達 氏)。

今後について榊原 氏はこう展望します。

「もし幸之助さんが生きていたら今の技術に対してワクワクしていたでしょうし、今の時代に合った言葉を発していたでしょう。山に登るたびに新しい景色が見えてくるものです。次の景色を目指しこれからも『現場から 社会を動かし 未来へつなぐ』取り組みを進めていきます」(榊原 氏)。

マイクロソフトと Azure、GitHub は、今後もパナソニック コネクトの挑戦を力強く支援し続けます。

[PR]提供:日本マイクロソフト