日本を代表する消費財・化学メーカーの花王が、パートナーのアクセンチュアとともに、SAP システムのグローバル統合に向けた取り組みを本格化させています。2022 年 5 月までにタイとシンガポールで稼働していた ECC 6.0 の S/4HANA 移行を完遂。今後、アジア、欧州、米国、日本で稼働しているすべての SAP システムのモダナイゼーションに取り組み、各国で個別運用されてきたコードやデータをグローバルで一元的に把握、管理できるようにする計画です。SAP システムのクラウドプラットフォームには「SAP on Azure」を採用。加えて Azure NetApp Files を全面採用した日本初の大規模事例でもある本プロジェクトの詳細を担当者に伺いました。
2030 年を見据え「K25」を推進、SAP システムのグローバル刷新に取り組む
1887 年 6 月(明治 20 年)に創業し、「豊かな共生世界の実現」を使命として、「人と自然が共に栄える未来のために、人々の期待を超える、よりよい生活を実現する企業」を目指す、日本を代表する消費財・化学メーカーの花王。現在の事業は「ハイジーン&リビングケア」「ヘルス&ビューティケア」「ライフケア」「化粧品」「ケミカル」の 5 つのセグメントにわたり、連結売上高は 1 兆 4188 億円(2021 年 12 月期)、連結従業員数は 3 万 3507 人(2021 年 12 月 31 日現在)に達しています。
花王は、2030 年を見据えた中期経営計画「K25」において、「未来のいのちを守る」「Sustainability as the only path」をビジョンに掲げ、「持続的社会に欠かせない企業になる」「投資して強くなる事業への変革」「社員活力の最大化」という 3 つの方針を推進しています。システム基盤の強化という点で同社にとって重要な取り組みの 1 つとなっているのが、SAP で構築した基幹システムの刷新です。花王 情報システム部門 加曽利 岳 氏はこう説明します。
「SAP システムを使ってグローバルで財務、販売、生産、調達、在庫などの管理を行っていますが、将来に向けていくつか課題が出てきていました。まずは、システムが大きく日本とアジア、欧米のケミカル事業、米国法人の Kao USA という 3 つのリージョンに分かれており、情報を横串で見ることができていませんでした。また、現行の SAP ECC 6.0 の保守サポートが 2027 年以降に切れることから、SAP ERP の新バージョンへの移行が必要でした。さらに、今後のビジネス展開を踏まえ、オンプレミスで運用していた基盤をクラウド化し、リソースの柔軟な確保や本番環境のデータを開発検証環境で利用する仕組みの構築、運用保守の効率化、グローバルでのガバナンス体制などを構築していくことが求められていました」(加曽利 氏)。
K25 の推進にあたっては、旧バージョンの SAP システムを周辺システムも含めてクラウドに移行し、基盤とアプリケーションをモダナイズしながら、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを加速していくことが重要でした。そんななか、花王が採用したのが Microsoft Azure(以下、Azure)上で SAP を稼働させる「SAP on Azure」です。SAP on Azure への移行においては、支援パートナーであるアクセンチュアが果たした役割は大きかったといいます。また、クラウド活用という点では、SAP のストレージ基盤として採用するAzure NetApp Files(以下、ANF)が大きな力を発揮しています。
「情報が見えない」「2027 年問題」「クラウド移行」という課題の解決を図る
SAP システムが抱えていた課題は、加曽利 氏が指摘するように大きく 3 つありました。
1 つめの、「情報が横串で見えない」という点については、地域や事業領域で異なっていた体系を 1 つにまとめる「統一化」を図りました。
「最初に SAP を導入したのはタイで、そこからアジア、欧米ケミカルに広がり、最後に日本が導入しました。企業の統合や買収も多く、事業の状況にあわせてアドオンを作ったり、設定の考え方が変わったりしたことで、統一的な管理が難しくなりました。コードや設定の方法、考え方を 1 つにまとめ、グローバル共通で管理することを目指しました」(加曽利 氏)。
情報を見るうえでは、データ分析とレポートのために SAP Business Warehouse(SAP BW)を使った仕組みを構築していましたが、リージョンをまたがってデータを分析する場合は、さまざまな部署からデータを取得して、Microsoft Excel を使用し数日かけてレポートを手動で作成するといったケースも多く、事業部門側の負担になっていたといいます。
2 つめの「2027 年問題対応」と 3 つめの「クラウド移行」については、さまざまな選択肢のなかから、現行の ECC 6.0 を新バージョンの SAP S/4HANA に移行する方式を採用することで解決を図りました。すでに周辺の仕組みとして稼働していた SAP BW などはクラウドに移行済みで、オンプレミスの ERP とハイブリッド構成の状態で運用しています。
「基幹システムをグローバルで統合するうえではクラウドがカギを握ります。中核となっている ERP をクラウド環境の S/4HANA に移行することで、すでに移行していた周辺システムと合わせ基幹システムのクラウド化は大きく進展します。まずアジアからスタートし、順次、欧米や日本を対象にして S/4HANA への切り替えとクラウド化を進めていく計画です。2022 年 5 月にタイとシンガポールの SAP on Azure 移行が完了したところで、その後は、各国の業務の洗い出しやすり合わせをしながら、新しい基盤上に現行システムを巻き取っていくことになります」(加曽利 氏)。
周辺システムとの親和性とコストを高く評価し、SAP on Azure を採用
SAP プロジェクトは花王、アクセンチュア、マイクロソフトの 3 社が一体となって進められています。移行計画の提案やシステムの実装、技術検証などの支援をアクセンチュアが行い、マイクロソフトがアクセンチュアに対してさまざまな技術支援を行なうという体制です。アクセンチュア テクノロジー コンサルティング本部 SAPビジネスインテグレーショングループ シニア・マネジャーの毛利 健太郎 氏はこう話します。
「今回のプロジェクトは規模が大きく、アクセンチュアからはアプリやオフショアメンバも含めると 200 - 300 名規模で参画していました。Basis やインフラ担当も 10 名程度アサインされており、特に Basis /インフラ周りの設計/実装/テストなどを担当していました。今回の導入において、SAP on Azure 部分についてはマイクロソフト社と連携して進めておりましたが、幅広い分野において情報提供/導入支援を頂いたので助かりました。特に ANF(Backup / Interface)、DR 切替に関しては PoC の実施支援/技術提供などを別会議体を持ちながら相談させていただき、スムーズに進めることができました。また、週次でタッチポイントを持ちタイムリーな技術課題に対しての情報提供をいただいたとともに、プロジェクトのスコープである S/4HANA 移行の範囲だけでなく、別プロジェクトとして構築している BPC などを含むサラウンドシステムの領域まで踏み込んでのご協力をいただいたと認識しております」(毛利 氏)。
プロジェクトは Microsoft Teams を活用し、基本的にフルリモートで行っています。加曽利 氏は、移行の考え方や方法について、こう説明します。
「SAP の提唱する Fit to Standard に則って既存のアドオンを捨てていく方針でしたが、ビジネスプロセス変更が必要だったり、業務効率が下がってしまうものもありました。そこで、必要なプログラムはソースコードを改修せずにデータを S/4HANA 向けにコンバーションする、ストレートコンバージョンに切り替えました。全社共通機能やローカルですぐに利用する機能を優先して開発を行い、四半期・半期・通期で利用する機能はゴーライブ後に開発することで開発者リソースの平準化を図りました」(加曽利 氏)。
インフラ基盤として SAP on Azure を採用するにあたっては、SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)、SAP 専用のクラウド基盤サービス、パブリッククラウド上への SAP 移行などをさまざまな条件で比較検討しました。そのうえで加曽利 氏は、SAP on Azure をこう評価します。
「SAP on Azure は、クラウド基盤の拡張性、セキュリティの高さ、動作検証や認定取得数、コスト、周辺システムとの親和性などが優れていました。なかでも目を引いたのは、周辺システムの親和性とコストです。当社がデータレイク基盤として利用している Azure Synapse Analytics や Azure Data Lake との連携、Azure Active Directory(Azure AD)を使ったシングルサインオン環境や SAML 認証の実装が容易でした。コスト面でもライセンスやサブスクリプションを含めると Azure が優位でした」(加曽利 氏)。
SAP HANA のストレージ基盤として日本で初めて Azure NetApp Files を採用
既存の ECC はアプリケーションサーバーに Windows Server を、データベースサーバーに SQL Server を使った構成です。S/4HANA 化にあたっては、アプリケーションサーバーは Windows Server のまま移行し、HANA データベースの実行環境は Linuxに移行しました。
「SQL Server から HANA に移行したことで、データベースの冗長性や信頼性を担保する仕組みをどう構築するかが課題になりました。そこでポイントになったのが、HANA データベースのストレージ基盤として採用した ANF です。ANF は稼働率の SLA が 99.99 %という、信頼性の高いフルマネージドのファイルベースストレージサービスです。Linux 仮想マシンで NFS ストレージサーバーを構築する場合に比べ圧倒的に可用性が高く、データベースを保存するストレージの運用コストを下げることができます。DR サイトへのデータの同期も簡単に実施できるようになり、事業継続性を飛躍的に高めることができました」(加曽利 氏)。
ストレージ基盤として採用した ANF には、ビルトインのスナップショット機能があるため SAP HANA Snapshot と相性がよく、HANA データベースの格納されているボリュームのバックアップイメージを瞬時に取得することができます。また、ANF のリージョン間レプリケーションを活用して、Azure の東日本リージョンと西日本リージョンでデータを非同期で複製し、広域災害対策としての事業継続性を可能にする DR サイトを構成しました。また、オンプレミスとの接続は専用線接続サービスの Azure ExpressRoute を利用することで、高速で安定した通信環境を実現しています。毛利 氏はこう解説します。
「ANF をストレージ基盤に採用した大規模な SAP システムの稼働は日本初とのことです。ANF の実装にあたっては、すでにグローバルで稼働している実績やノウハウ、ベストプラクティスをマイクロソフトから提供いただき、スムーズに今回のプロジェクトに適用できました。そのほか、HANA バックアップサービスとして Azure Backup for HANA、また Linux のパッチ管理基盤として Azure Update Management についても合わせて適用し、クラウドサービスを利用することで設計/実装の工数削減が図れたと認識しております」(毛利 氏)。
ANF ではこのほかにも、本番機から開発検証機へデータをレプリケーションして活用するための機能も提供されています。
「これまで取り組もうと思いながらできていなかったデータの迅速なリフレッシュや本番データを活用したリグレッションテストなども簡単に実施できるようになりました。アプリ開発やインフラ提供の効率化という面から、大きく貢献できると期待しています」(加曽利 氏)。
そして、毛利 氏はこのように続けます。「ANF の導入によって、稼働後の運用フェーズにおいても一定の効果が出ています。System Refresh の作業ステップのなかでボリューム スナップショットからの瞬時なクローン 機能(NetApp の Flex Clone 機能に相当)を利用し、既存の運用で長時間化していた DB Backup のサーバー間移動の時間を大幅に短縮することが可能となっています。実際に 2022 年 7 月から 8 月に実施した本番環境→ステージング環境への System Refresh においても、これまで数時間所要していた Local での Backup file 移動が不要となり、HANA DB の Restore 作業を短時間(約20 - 30 分程度)で完了することができました。また、今回の花王様において ANF を Interface ファイル連携基盤としても活用していますが、現在 50 本程度の Interface Job が日次で高頻度で動いているなか、ANF 起因での障害は現時点で発生しておらず、安定したパフォーマンスを提供できています。そのほかにも、今回 ANF をストレージ基盤として活用している本番環境+ステージング環境として使用している 7 システムにおいて HANA DB Backup を日次で取得していますが、特にパフォーマンス長時間化することなく、取得できております」(毛利 氏)。
SAP コンサルティングにおけるグローバルの知見とノウハウを高く評価
花王では、S/4HANA への移行にあわせて新たにアクセンチュアを支援パートナーとして選定しています。複数のパートナーのなかからアクセンチュアを選定した理由の 1 つは、グローバルでの知見にあったといいます。
「SAP コンサルティングでグローバルトップの実績を持っていると考えています。米国の Kao USA でもアクセンチュアをパートナーにプロジェクトを実施した経験があり、その評判も聞いていました。選定にあたって要件を整理した際にも、多くの項目でアクセンチュアが高く評価される結果となりました」(加曽利 氏)。
実際、アクセンチュアは長期にわたる SAP とのパートナーシップを結び、SAP の認定資格を数多く取得しています。また、マイクロソフトのパートナーとしても数多くの実績を持っています。「弊社はグローバルレベルでのナレッジ共有/デリバリを強みとしており、SAP 社とは 7 年連続でベストパートナーアワードを受賞するなど密接な関係を築いています。また、クラウドサービスについてもインフラ専門の部隊も組織していて、クラウドベンダーと密接に連携して、各ベンダーの専門知識とノウハウを生かしたコンサルティングを提供することができます」と、毛利 氏は明かします。
グローバルレベルで見ると、花王の SAP 刷新プロジェクトはスタートを切ったばかりですが、すでにさまざまな効果を確認しているといいます。
「本当の効果が実感できるのはグローバル統合が済んだときです。例えば、グローバルのレポートが瞬時にわかるようになることがゴールの 1 つです。その意味では道半ばですが、インフラ面では Azure を活用することによる効率化やコスト削減が見えはじめています。システム監視においては Azure Monitor を利用することで少ない人数で手間をかけずに監視できるようになってきました。また、バックアップや DR、シングルサインオン、多要素認証なども Azure のサービスを活用することで効率よく管理できるようになっています。今後は、Azure Synapse Analytics などのデータ分析向けの最新機能やMicrosoft Defender for Cloudや Sentinel などを活用したゼロトラストセキュリティなどの取り組みも検討していきたいと思っています」(加曽利 氏)。
花王における SAP システムのグローバル展開はより加速していきます。アクセンチュアとマイクロソフトは最終的なゴールを見据えて共に走り続けます。
[PR]提供:日本マイクロソフト